7-9.愛の伝え方
「どうして……!」
グレゴリーが呟いた。困惑と怒りと悲しみが、同時に顔に表れている。そして、ジークリンデの前に回り込み、彼女の肩をぎゅっとつかんだ。ルーカスは勢いで吹き飛ばされ、クロエの隣に戻ってきた。
「どうしてそんなことを! わざとお酢を飲むなんて!」
「あなたが自由になれると思って……」
「何がどうしたらそんなことに? そんなに僕を嫌いなのか? 確かに僕たちは、伯爵からのお話を受けただけかもしれないけど、でも僕は」
「あなたは……だって、この国から出たいのかと」
「なぜ?」
心底、不思議そうに首を傾げたグレゴリーに、またジークリンデが涙を流した。さらにわけがわからないといった風に、グレゴリーはルーカスを見た。
ルーカスは頭を下げた。
「少々意地悪なことをしてしまいました。ボッシュ嬢を追い詰めるようなことをして、申し訳ありませんでした」
「いえ、いいんです……それより……なぜこんな……?」
「アレント殿の出世ですよ。彼女は勘違いしてしまったんです。僕は周遊に来ている。婚約者は植物研究が好きだ。国に人材を連れ帰って、新しい事業を立ち上げるのだとね。その矛先に君がなったと思ったんです。僕の国での名誉を得られるし、何より、好きな研究ができる。ケスラー伯爵家は植物研究を推進しているが、メインはワインだ。ブドウや果物に力を入れている。もしかしたら、アレント殿が好きな研究をできなくなるのではないかと恐れたのです」
「まさか……」
「ボッシュ嬢は、あなたの出世には自分が邪魔だと思ってしまった。でも、あなたは義理堅い方で、婚約を自ら破棄するとは思えない。だからあえて自分に問題が起こるように仕組み、嫌われるべきだと考えたんです」
「まさか……本当にそんなことを?」
グレゴリーの言葉に、ジークリンデが迷いながら目を伏せた。良くも悪くも、嘘をつけない人なのだろう。きっとそれで思いつめて、でも尋ねることもできず、どうしようもなくなって。
「なぜ僕に一言聞いてくれないんだ。僕は今の研究が気に入ってるし、離れたいとも思ってない。伯爵は僕の研究を応援してくれているし、無理に研究を制限する人ではないよ。たとえソーンダイク令嬢から新しい研究所に誘われても、断っていただろう。そんな話、ありませんでしたけどね」
グレゴリーがクロエに振り向き、ふっと笑った。クロエが同意を示すと、またグレゴリーはジークリンデに向き直った。
「僕はあなたとだから結婚したいと思ってるんだ。誰でも良かったわけではない。もともと、名誉貴族だって、なりたかったわけでもないし、貴族の地位を維持したいとも思ってない」
「だからですわ。貴族になんてならずに、もっと自由に研究したいのだと。私などがお慕いして、足かせになってはなりませんわ。あなたはとても優秀な方なんですもの」
「……あなたは僕のことなど嫌っているとばかり」
すると、ためらうように、ジークリンデはグレゴリーを見た。
「そんな……あなたこそ……父に言われたから、断りきれずに私と婚約しているのだと……」
「ジーク……僕は、伯爵から君を紹介された時に……その……一目惚れをしてしまったんだ、と思う。だから、その……君がいいんだ」
二人はどちらともなく微笑みあった。幸せそうな姿に、クロエはほっと安堵した。
良かった。本当に良かった。クロエの説明だったら、こうはうまくいかなかったかもしれない。
しかし、どうやって部屋を出よう? ちらりとルーカスを見ると、ルーカスは任せておけと言わんばかりに、足を踏み出した。
「よかったですね。誤解が解けて」
ハッと気づいたように顔を上げ、グレゴリーは顔を真っ赤にして立ち上がった。
「は、はい! おかげさまで……」
「では、私どもから子爵に説明しておきましょう。その後、子爵にこちらに来ていただいて、詳細をお話しください。子爵は寛大な方ですから、正直にお伝えすれば、きっと許してくださいます」
「申し訳ありません」
「いいんですよ。愛のためなら、それを責めるのは野暮というものです」
ルーカスは言い、ウィンクをした。
気障ね。
クロエは呆れたが、今日はそんなルーカスも嫌ではなかった。何しろ、ルーカスは自分で解決をやり遂げたのだ。憧れの探偵よろしく、この場を収めた。
グレゴリーもジークリンデも、ルーカスに視線を向けて、とても感謝している。クロエではなく。何て清々しいのだろう。
「失礼いたしますわ」
クロエは丁寧な挨拶をお互いにして、ルーカスとともに部屋を出た。
そして、そのまま子爵に挨拶がてら説明をすると、帰途に着いたのだった。




