7-4.探偵の交代の仕方
「名誉貴族?」
「研究や開発などで、大きな功績をあげると、国に認められて、貴族の称号が与えられるんだ。それは騎士から侯爵まで、国への貢献度によって違う。一代限りとされているから、名誉貴族を貴族じゃないと言う人もいるけど、素晴らしい人物なのは変わりがない。ともすると、既存貴族の方が、肩書きに溺れてダメな人が多いかもしれないね」
ルーカスがウィンクをした。クロエは不意に、彼が幼い頃に、身内で言われていたあだ名を思い出し、クスリと笑った。
「あなたのことね」
「僕?」
「面倒くさがりで怠惰なルー坊や」
言いながらクロエはルーカスの鼻をつついた。
「なっ」
ルーカスが一瞬で耳まで赤くなった。
「あら。ごめんなさい」
そんなに恥ずかしい称号だったなんて知らなかったわ。クロエは慌てて謝り、視線を周囲にめぐらせた。
クロエたちを囲む貴族たちの視線、ざわめき。
慎重に食事を整理する給仕たち。
おそらく、クロエの一連の行動を見ていただろう人たちが、クロエを心配そうに、だが困ったように見ている。考えてみれば、クロエがどうにかなったら、国際問題になる。国内だけの問題だったら、クロエが出しゃばる必要もなく、ことを大きくしたことになってしまう。余計なことをしてくれたと思うだろう。
でも、誰も彼女を助けようとしなかったじゃないの。
クロエは少し気分を悪くした。ジークリンデは高名な貴族で、関わるのは難しいことかもしれない。だが、苦しんでいる人をそれだけのために放っておくことは、自分にはできない。植物だって、人の手をかけるときは、放っておいたら枯れてしまう。貴族令嬢なんて手塩にかけられた存在、ひとたまりもない。
「失礼いたします。先ほどはありがとうございました」
クロエたちは執事らしき人物に声をかけられた。
「ただいま主人は対応に追われておりまして、ご挨拶が遅れてしまって申し訳ありません。後ほど改めてご挨拶をしたいと申しております。して、ソーンダイク令嬢、お体の方は……?」
「ええ、大丈夫よ。お味が変だから間違えたのでしょうけれど、毒などではありませんでしたわ。他のワインを確認して、お食事はこのままでも大丈夫でしょう。でも念のためを思うなら、食事は下げた方が良いかもしれませんわ」
「承知いたしました! 警察などを呼ぶようなことでしょうか? 主人は、あまり大ごとにしたくないと考えておいでで」
クロエがちらりとルーカスを見ると、ルーカスは頷いた。
「そうですね……病人や死人が出るようなことがあれば呼んだ方がいいでしょう。ですが、今回は内輪で解決できそうですし、警察を呼ばなくてもいいと思います。もうきっと問題ありません」
「あ……ありがとうございます! 旦那様!」
執事は、傍にいた給仕たちに伝え、彼らが慌てて走っていく。おそらく、主催者に伝えるのだろう。程なくして、主催者の子爵からもう大丈夫です、と告げられると、安心したように人々は輪を崩し、また談話やダンスの続きを始めた。
「よかったわ。みんなが楽しめないのはもったいないものね」
クロエがホッと息を吐くと、執事は不安そうにクロエを見遣った。
「あの……令嬢が飲んだものは普通のワインであったはずですが……どうしてこんなことに?」
「いいえ、これはワインビネガーでしたの」
「……ワインビネガー」
執事の驚きに歪んだ顔に、クロエはルーカスにこそりと耳打ちした。
「話してなかったの?」
「その時間はなかったんだ」
ルーカスは肩をすくめると、クロエの肩を抱え、額にキスをした。クロエは追い払うようにルーカスの顔を手で押しやると、執事に顔を戻した。
「ええ。ワインで作るお酢です。この国ではリンゴ酢やザクロ酢が有名なのかしら? 私の国ですと、ブルーベリー酢やレモン酢がよく使われていますわ。でも、ワインビネガーはどの国でもそれなりに使われているのではないかしら」
「ええ、もちろん知っております。ですが、サラダにかけるとしても……ここにはありませんし……こんな……ボトルに入れて振舞われたりなどしたことがありません。飲むワインと間違えてしまうではないですか」
「ええ、間違えるように、あえて同じボトルにしていたのだと思いますわ。ワインの中身を出して、わざわざ入れ替えているくらいですもの」
クロエが申し訳なく思いながら続けると、こっそりと聞いていたらしい貴族が、ざわざわと騒ぎ出した。
「なんですって」
「それは大変だ」
「どういうことなんだ」
「責任者を……」
「料理長か? 給仕長か? 誰がこんなことを……」
クロエはざわめきを否定するように、首を横に振った。
「スタッフの方とは限りませんわね。外部の者だって、いくらだって持ってくることができます。差し入れと称してもいいですし、服に隠して持ってくることも可能です。ごく親しい間柄の舞踏会で、いちいち身体検査なんて野暮ですもの」
「え、ええ、確かに……でも……何が目的で……」
執事が途方にくれたように頭を抱える。クロエはルーカスに顔を向けた。
「ねぇ、ルーカス。あなた、どうしてこんなことが起こったのかわかったでしょ?」
「僕が?」
「そうよ。あなたならわかるわ」
「でも……僕はそんな特別な能力はないよ」
「なんでもできるのに?」
クロエが首をかしげると、ルーカスは困ったように微笑んだ。




