7-3.調査の仕方
「何してるんだ?!」
ワイングラスを叩かれ、クロエはうっかりグラスを落としてしまった。慌てて手を伸ばして、ルーカスに抱きとめられる。
「あぁ、グラスが……」
「クロエ! 毒を飲むなんて! 自分で試さなくたっていいだろう!」
「違うわ。酢よ」
「酢……?」
「ワインビネガーなの」
「そんな……」
ルーカスはクロエが指差したボトルを手に取り、鼻を近づけた。
「本当だ……どうしてこんなところに」
「それに毒だとしても、一口飲んでも大丈夫そうだから、舐めるくらいなら平気かもって……」
多分、狂言だろうし。騒ぎを起こしたいだけで、殺意なんかなさそうだもの。
「そんなわけないだろう!」
「え、でも、調べろって言ったのはあなたでしょ」
「待っててと言ったよ。百歩譲って例えそうだとしても、君が倒れたら意味がない。危険なことは僕がやる。そのための僕だ」
「無理よ。させられないわ。あなたが倒れたらそれこそ意味がないじゃない?」
クロエは言うと、サッとルーカスから離れ、彼女に近づいた。同じワインを舐めたクロエを呆然と見ている。青い顔だが、やはり大丈夫そうだ。
「令嬢様。非常に美味しくないワインでしたわ。毒と間違えるのは当然です。あれは、お酢でした。しばらく気分は悪いでしょうが、これ以上具合が悪くなったり、ましてや死ぬことなどありません。ですが、もしかしたら何かあるかもしれません。すぐに医者に診てもらったほうがいいでしょう。できますか?」
クロエの言葉に、彼女は震えながら頷いた。よかった。
「体調に問題がないといいのだけど……本当の毒でなくてよかったわ」
クロエが胸をなでおろすと、彼女は泣きそうに顔を歪ませてうつむいた。そして小さく囁いた。
「……ありがとうございます、クロエ・ソーンダイク令嬢」
あら。名前を知っているのね。クロエが驚いていると、令嬢はさらに続けた。
「私、……あなたのことを誤解しておりました。私たちのことをバカにしていると……でもすぐに動いてくださって、助けてくださいましたわ。ワインも、ご自分の身を顧みず、試してくださって……私……何でお返ししたらいいか」
「問題ございません。慣れておりますから。気になさらないでくださいませ。それに、これは私の……えーと……私の……」
上手い言葉が浮かばず、クロエはとっさに続けた。
「趣味ですの。そう、私、こうした事件らしい出来事が起こると、気になってしまって、原因を追求したくなってしますのよ。なので、首をつっこむなとよく言われているんです」
ごめん嘘ついた。逆よ逆。正直、このまま帰ろうと思ってました。
「まぁ……」
「ですから、これはあなたのためではありませんのよ」
「何と……正義感に溢れた方なんでしょう……」
彼女の瞳がうるうるとしてくる。あ、どうしよう。言い訳がちょっと綺麗すぎた?
「ルーカス」
クロエが慌てて呼ぶと、給仕長と話していたルーカスが、飛ぶようにやってきた。
「どうしたの?」
「彼女を運んであげて」
「僕が?」
「他に誰が?」
「僕はクロエのそばにいるよ。クロエも同じものを飲んだんだ。倒れたら僕が運ぶ」
「でも、私は元気よ」
「このあとはわからないだろ?」
「でも彼女を」
「大丈夫です、テンバリー卿、婚約者殿」
その時、彼女を支えていた男性が口を挟んだ。クロエは慌てて振り返った。
「失礼いたしました。あなたは?」
「グレゴリー・アレント、彼女の婚約者です」
「まぁ」
「お騒がせしました。私が連れて行きますので」
「大丈夫ですか?」
クロエが彼女に顔を向けると、彼女は何とも言えない顔をしたが、ひとまず頷いた。
婚約者なのに嬉しそうでもない……家のつながりかしら、それとも、何か事情が? グレゴリーを見たが、彼女を心底心配しているようだ。だったら、彼女側にわだかまりがあるだけ?
クロエは考えたが、自分が同じ立場だったら、ルーカスを前に、同じように微妙な顔をしていたかもしれないと思うと、あまり追求することもできなかった。
「……それではお願いします」
抱えて連れて行かれる彼女を見ながら、クロエはぼんやりつぶやいた。
「お名前を伺っていなかったわ」
「グレゴリー・アレント?」
「ううん。ご令嬢の方」
「あぁ。えーと、……ジークリンデ・ボッシュ嬢だったかな」
「ボッシュ? この国の伯爵家では? この舞踏会ではワインを提供していたはずよ」
「さすが、詳しいね。そうだよ。ケスラー伯爵だ」
「でも、アレントなんて姓は聞いたことがないわ……」
「あぁ、彼は名誉貴族だから」
聞き覚えのない地位に、クロエは首を傾げた。




