7-1.ダンスの踊り方
その日の舞踏会で、クロエは四面楚歌状態だった。
令嬢たちはクロエのそばによらず、遠くから見ており、ひそひそとクロエを見ながら何か話している。こそこそと、それこそ、やったことのないクロエの悪行を。時折、睨む視線も感じる。
ほらね。こういうものなんだから。
得意顔でクロエが振り向くと、ルーカスは頭を抑え、つぶやいた。
「……違うだろう。そこは心細げに僕の胸に飛び込んでくるんじゃないのか」
決して、待ってましたと言いたげに、笑顔で婚約者を振り向く場面じゃない。
「クロエ……」
ルーカスが近づいてきて、クロエをの肩にそっと手を置いた。そして、クロエの耳元で囁いた。
「帰ろうか?」
「それでもと言って連れてきたのは、ルーカス、あなたよ?」
クロエが言うと、ルーカスは珍しく戸惑った。
「まさか、こんなとこまで君の噂が出回ってるなんて、知らなかったんだよ」
「言っていたでしょう、エマ様だって」
「でも彼女は、同じ国の人だ。ベルビンだって僕とは友人付き合いをしてるし、報告だってしたから」
「先日の舞踏会だって、私の評判はとっても悪かったでしょうに」
「それに関しては……、その、いつもそうだったんだ」
ルーカスは決まり悪そうにうつむいた。
「いつもって?」
「僕は舞踏会ではいつもひっきりなしに令嬢に誘われるし、そのせいでお互いに睨み合ったりすることもあったから、どこでもそういうものだと思ってた。違ったのか……」
「そうよ。”ついに悪役令嬢に騙されたかわいそうな令息様”よ、あなたは。ねぇ、ルーカス?」
だがルーカスはクロエの言葉が耳に入らないほど、考え込んでしまった。もっとシンプルに考えてくれていいのに。
「だから、私と婚約なんて、馬鹿げたことはやめて、早いところ解消したほうがいいって言ったのよ。それで私、考えたの、エマ様の家で働かせてもらえるんじゃないかって。使用人に聞いたら、温室勤めの植物専門メイドは少ないようだから。そうすれば、誰にも迷惑をかけないわ。私が植物好きなのは知られているし、悪い別れ方じゃないはずよ。あなた、それを心配していたんでしょう? どう思う?」
「僕は婚約解消なんてしないよ」
「どうして?」
「するなら、君からだ」
クロエはムッとして口をつぐんだ。できるわけないじゃない。理由が全く思いつかない。
突然だったから? 気持ちが追いつかないから? 強引だから? でも、強引な結婚話なんていくらでもある。相手が幼馴染のルーカスなのは、世間で言えば逆に儲けものなくらいだろう。周遊だって思った以上に楽しいし、気が楽なのは確かだ。
何しろ、ルーカスはこれだけ強引で面倒でヘタレなのに、クロエが本当にしたくないことは無理強いしたことがないのだ。どうしたって、点数が甘くなる。
不意に、ルーカスはするりとクロエの手を取り、跪いた。
「踊って頂けますか、我が婚約者殿」
ついに来てしまったこの時が。
ダンスは苦手。むしろ嫌い……ルーカスとは違う理由で。だって踊れないんだもの、絶望的に。
でも、いやだ、とは口が裂けても言えなかった。
クロエはできるだけ優雅に微笑んだ。
受けるしかない。そもそも、ここは舞踏会の会場だ。いつだってどこだって、誘われる危険がある。そうすれば、相手が誰であっても一度は踊らなくてはならない。だとしたら、その相手はルーカスがいい。踊ったことはあるんだもの、きっと大丈夫。
「えぇ、もちろんですわ。よろしくお願いいたします」
そうしてダンスが始まった。
正直踊りたくなかったが、さすがはルーカス、リードがうまい。下手なクロエでもまるで慣れているかのように踊れて見える。以前踊った時より、ずっと上手くなっている。クロエ自身は退化した気がしているのに。
「すごい」
「何が?」
「私が踊れてる……ルーって魔術師みたい」
クロエは嬉しくてルーカスに笑いかけた。
今まで満足に踊れたことなどなかった。何しろ、みんなクロエを怖がって、そばに寄らなかったのだ。……ダンスが嫌すぎて、笑顔がこわばっていて、どうにもきつい顔をしてしまうから。
「そんなことはないよ。クロエこそすごいよ」
「何が?」
「僕が踊りたいと思ったのなんて初めてだ」
「それは問題ね。もっといろんな方と踊って、この体験をさせてあげるべきだわ。雲の上で踊っているみたいだもの」
「それはね、クロエ。僕の気持ちがそうだからだよ……」
「そうって?」
「天にも昇る気持ちって事。クロエと踊るのは久しぶりだから」
「ルーカスにとって、天国って近いのね?」
まぁ、とても優れた人だし、神様に愛された化身だと言われても、なんとなく納得できそうな人だ。ルーカスの潜在能力は凄まじい。何をしても一流、だからこそ、何をしてもつまらない。おかげで、怠惰で面倒くさがりな人間に出来上がってしまった。なんてもったいないんだろう。クロエだったら、その才能でプラントハンターになったのに。
「今日は事件はないのかな」
ルーカスがつぶやき、クロエは思わず足を蹴った。
「痛っ」
「そういうのやめてよね。面白がるなんて最低よ」
「そんなこと思ってないよ。ただ、クロエは退屈なんじゃないかと思って」
「退屈な人生が一番よ?」
「探偵なのに?」
「違いますけど?」
何度言ったらわかるんだろ。クロエは睨もうとして、思わず目を丸くしてしまった。ルーカスが優しく笑っている。人前で滅多に笑わないルーカスが。まるで恋人と踊っているみたいに、うっとりと微笑んで。
いや。ありえないわ。
クロエは首を横に振った。
ルーカスは幼馴染のよしみで、クロエの”役に立ちたい”だけだ。探偵に憧れているから。強引にプロポーズを進めたのもそのため。マリアンヌよりクロエがいいなんてこと、あるはずがない。余計なことを考えちゃダメ。
クロエは芽生えかけた困惑を頭から打ち消し去った。




