side story06 彼は気がついただけで納得したわけではない ーベルビンの憐憫ー
ルーカスの友人、ベルビン視点のサイドストーリーです。
ある日の午後、ベルビンは、仕事の合間の昼食にルーカスを誘った。
すでにルーカスは、クロエとともに都市部から移動してしまったが、時折、仕事でこちらまでやってくる。その機会を逃さず捕まえられた。
実を言えば、エマの仕事で田舎に行くこともあり、まだまだ会う機会はある。だが、クロエとルーカスがフィンケ夫妻の相談に乗った後、どうなったのか早く聞きたかったのだ。クロエがバッチリ問題を解決したらしいと聞けば、興味が出てくる。
「なるほどなぁ、それは良かった! クロエ様は本当に博識な方なんだなぁ」
一通り話を聞いて、ベルビンはうんうんと頷いた。が、ルーカスはクロエの活躍を誇りに思うどころか、なんだか意気消沈していた。
「どうしたんだ? 嬉しくないのか?」
ルーカスの珍しい様子に、ベルビンはすっかり恐縮してしまった。今までルーカスがこんな自信のなさそうな顔をしたことがない。
「嬉しいよ、嬉しいさ。でも、……クロエは僕に興味がないんだ」
「は?」
「婚約したのも、植物のためだし。僕に付き合ってくれるのも、婚約破棄されたら僕の父が困るからだし。謎を解くのは、元は自分のためだったけど、マリアンヌ様のためで、困ってる人のためだし。わかってたけど、クロエが僕に振り向いてくれるのはいつになるんだろう」
「そう……だろうか……?」
ベルビンは首を傾げた。
みたところ、クロエは最大限、ルーカスのわがままに付き合っている。舞踏会では笑顔で接し、ルーカスのご機嫌を取り、ルーカスが疲れないようにそれとなく誘導し、会食では黙りがちなルーカスに説明しながら、会話に誘っている。そんなクロエがルーカスに興味がないなど、考えつかない。
雑談や、興味のない話には全く乗ってこないルーカスが、これほどまで温かく話せたのも、クロエのおかげだ。
そもそも、ルーカスは、恋愛に興味はなく、独身主義者で、結婚にも関心がなかったはずだった。唯一親しくしていたマリアンヌだけが希望だと、ベルビンは思っていた。
だから婚約したというだけでも驚きなのに、相手はあの”悪役令嬢”だなんて、最初は本当にどうしたのかと心底心配だった。
だがそういえば、”僕の可愛い幼なじみ”の話だけはする男だった。それがクロエだとは、ベルビンが結びつけられなかっただけで。
冷静に思い起こせば、当然の流れだった。
「仲よさそうに見えるけどな?」
「仲は悪くない。でもクロエは、僕にときめいてはくれないんだ」
「まぁ、幼馴染だし、慣れてるってことなんじゃないか?」
「でもおかしいんだ。僕はこっちに来てから、クロエが毎日、可愛く思えてくるんだ。本当に、どんどん可愛く見えるんだよ。なんでだろうな? 婚約したから? それなら、クロエも僕にどんどん興味を持ってくれてもいいと思わないか?」
それは暴論だ。途中まで微笑ましい話だったのに。
「思わない。押し付けすぎるなよ、気持ちを。重すぎると逃げられるぞ」
「逃げ……」
「いや、まだ大丈夫だろうよ。気をつけろと言ってるだけだって。そんな悲壮な顔をするな。それより、お前のことだから、周りから固めて、クロエ様が逃げられなさそうになりそうだよな……」
「逃げられないなんて、ひどいな。クロエは逃げたりしないよ。優しいから」
「そうかよ」
なんだ、単なるのろけか。ベルビンは呆れたが、ルーカスの様子は違っていた。
「優しいから。……本当のことを言ってくれないと思う。僕は強引だったけど、クロエはいつも笑って許してくれる。それに甘えてたかな」
「わからないよ、そんなことは」
そんなルーカスだから好きなのかもしれない。……これもまた、暴論だけど。
ベルビンが自分の妻、エマに視線を向けると、エマは肩をすくめた。
クロエに関しては、二人の意見は一致していた。
出会うまで知っていたクロエの印象とは、だいぶ違う。クロエは非常に謙虚で気高い令嬢で、彼女なりの強い意志があり、本国の噂で不審がっていたエマたちのことを、非難もせず受け入れてくれた。
確かにルーカスとの婚約にためらいを感じていた様子だったが、単に戸惑っていただけのように思える。第一、興味もない相手と婚約するだろうか。そこまで流されるタイプには見えない。
そんな風に語り合えば、ベルビンはエマに、誰もの憧れのルーカスの、本当の姿を教えるしかなかった。優しくて公平で冷静で親切に見えるが、実際は、ひどく面倒でわがままで、他人に無関心でクロエにしか興味がないことだ。加えて、他人が自分をどう思うかに興味もない。だが、それでも、彼は実に優秀で才知に溢れ、誰からも好かれている。
その時、エマはベルビンの話を信じはしなかったが、今、明らかに納得したような目でベルビンを見て、口を開いた。
「でも、とりあえずは婚約してくださったんでしょう? それなら、多少は興味があるのでは?」
「興味があるのは植物だけなんですよ。僕がクロエと婚約できたのも、……ズルをしただけで」
「ズルって?」
「……餌で釣ったんだ」
そう言うと、ルーカスは驚くべきプロポーズの話をした。
まさか、睦言の代わりに探偵になってくれと頼むとは。その上、植物を見に行こうと婚約に誘導するとは。
なんでもできる、完璧な侯爵令息は、目的のものを手に入れるためなら、どんな手段でも使うらしい。
「なるほど……それで、クロエ様ご本人が、ルーカス様には興味がないとおっしゃってたんですか?」
「それは……聞いたことはないですね。でも、何度も婚約解消していいとは言われてるので、同じようなことかと」
「いいえ、全然違います。まるで違いますわ。ルーカス様ったら、乙女心がわかってらっしゃらないのね。クロエ様は不安なだけですわ。ルーカス様の気持ちがわからないんです」
憤りの香りすらするエマの言葉に、ルーカスは目をパチクリとさせた。
「だって……僕はプロポーズしてるんですよ?」
「それが? 自分の利益のためにプロポーズする人だってたくさんいるし、好きじゃなくたって結婚できるでしょう? それに、探偵だの植物だのって、”愛してる”の一言だって言ってらっしゃらないじゃないですか。男の方って、そういうことが多いんですよ。バラの花を贈ってるから、好きな花を贈ってるから、いいだろうって。違うんですよ! ちゃんと言葉も必要なんです! 態度だって、笑顔だって。伝えようとしなければ、伝わりませんわ」
「さすが、花を取引しているだけあるね……」
力説したエマに、ベルビンはうんざりして口を挟んだ。後半はどう考えてもエマの愚痴だ。
「ベルビン、……あなた……、そうやって話を話半分で聞くから、花の種類を間違えたりするんですわ。私が好きな花はラナンキュラスだと何度も言っていたのに」
藪蛇だった。
「わかったよ、ごめん、もう間違えない。な、ルーカス。クロエ様はなにが好きなんだ?」
するとルーカスはため息をついた。
「今、クロエが一番好きなのは、ケルベロスフラワーなんだ」
「ケルベロスフラワー?」
あの不思議な花を? そういえば、ローゼ様が贈ったと言っていたっけ……
「そうなんだ。何より好きで、今、一番大切にしている。毎朝、一番に温室に行って水をあげて、楽しそうに世話してる。僕のことなんて見向きもしない」
「なるほど?」
エマは頷いて、しばらく考えていた。『宝石一揃いより、珍しい草花の方がずっと嬉しい』と言っていたクロエだ。ありそうな話だった。
「植物は仕方ありません。ならば、ケルベロスフラワーの次に愛してもらうことです。それを確認できるくらい、クロエ様に愛をお伝えなさってください。丁寧に、優しく。ルーカス様なら、きっと、できますわ」
本当かよ。
ベルビンは思わずエマに目を向けたが、エマは自信たっぷりに続けた。
「答えはすぐそこにあるものなんです。クロエ様は嫌なことは嫌とおっしゃる方だとお見受けしております。他の女性と結婚した方がいいなんて、クロエ様の本意がどこにあるのか、お考えになった方がよろしいですわ。加えて、ルーカス様……これまでの行動も見直しをした方がいいかと」
そして、にっこりと微笑んだのだった。
次はまた、クロエたちは別の舞踏会に参加します。




