6-9.地獄の番犬という名の植物
case06 END
クロエは困って俯いた。
「言ったでしょう、婚約してる間はそれらしく振舞うし、義務は怠らないわ。だから、仕事に差し支えないはずよ。だからあなたは責務を全うしようとしなくていいの。心配しないで」
「心配なんてしてないよ。クロエはしっかりしてて優しくて真面目だ。約束したことは必ず守ってくれることはわかってる」
甘く見られたものだ。ルーカスはわかっているのだ。クロエがどうしてか、ルーカスには弱いことを。
それについては、分析は済んでいる。小さい頃から、あれこれと頼み事をされ、可愛いからとほいほい言うことを聞いていたから、すっかり習慣として身についてしまったのだ。
ゆえに、クロエにはルーカスを振るなんて全く思いつかないし、できそうにない。
「それなら、私に頼み事はしないで? 私、ルーカスの願い事はなんでも聞いてしまうから」
クロエはふと思いついて、ルーカスの唇に人差し指を置いてたしなめた。
久しぶりの悪癖。以前、悪夢のお茶会でルーカスにクロエがされてしまったから、お返しだ。
小さい頃からよくやっていたお決まりだ。人に会うのが面倒だとクロエに代理を頼もうとするルーカスに、よくしたものだ……つまりは、うるさいから文句を言うな、という意思表示で、自分の弟にもよくやっていたことだけれど。ちなみに、弟はすぐにクロエの指を噛むことを覚えた。
「……”なんでも”……」
ルーカスがつぶやく。クロエはルーカスの唇が動くに任せ、それをたどった。
綺麗な唇。ケルベロスフラワーとどれくらいツヤが違うのかしら? あぁ、楽しみだわ。本物のケルベロスフラワーと過ごせるなんて。自国じゃ、買うのにとても手間がかかるんだもの。手に入れるのを諦めていたのに。
ルーカスがクロエの手を取り、自分の唇をたどっていたクロエの指にキスをした。そして意を決したようにクロエに目を向けた。
何? 宣戦布告? 探偵にしてみせるって?
「でも探偵にはなれないわよ」
クロエは驚いて思わず言ってしまった。ルーカスがピクリと動きを止めた。
「え?」
「なんでもって言ったって、できないことはできないわ」
「クロエ……」
「今回はたまたま状況がわかって、花が原因だってわかったから良かったけれど、次もできるとは限らないし。だから、あなたも自分の評判を落とすようなこと、なさらないで」
クロエが言い募ると、ルーカスはため息をついた。
「落とさないよ。落ちるわけがない。今はエマ様もローゼ様も、君の味方だ。僕にも味方はいる。君の潔白を証明してくれる人がね」
「潔白だなんて大げさな……ほとんどの人が私を嫌いで苦手としてるの。私と婚約していたら、それだけで充分に評判が落ちるのよ」
「でも僕は……君の役に立ちたい」
「あら。充分役に立ってるわ。今、こうして他国に一緒に連れて行ってくれて、植物を見せてくれてるじゃない」
「そうじゃなくて……もっと精神的な……なんていうか……心の拠り所っていうか……」
ルーカスが身を乗り出してきた。クロエはジリジリと後ろに仰け反るように下がったが、何しろすぐに背もたれだ。
どうすればいい? ルーカスは何をしたい? まさか言い寄ってる? いいえ、そんなこと……ありえないわ!
クロエは混乱で頭がぐるぐるとしてきた。そして目前に迫るルーカスの顔を眺め、改めて思った。
というか、本当にうっとりするほどハンサムね。それなのに、なんでこんなに面倒な人なのかしら? もしかしたら、顔がいいからなのかもしれないわ……
「お嬢様。フィンケご夫妻からお荷物が届きましたが」
複雑そうな表情で顔を出したジェイコブが、一瞬絶句した。
「申し訳ありませ」
「すぐ行くわ! ありがとう!」
ルーカスが何かを言う前に、クロエは立ち上がって駆け出した。
「な……何が届いたって?」
「私の番犬よ、ルー!」
「番犬……?」
取り残されたルーカスは呟いた。
「……動物を飼うなんて聞いてないぞ。……まさか、護衛? 男か?! それは断固阻止するぞ!」
だが、憤りながらクロエを追おうとしていたルーカスは、喜色満面で珍妙な花の鉢植えを抱えて戻ってくるクロエを見て、唖然とすることになるのだった。




