6-7.手紙と追記
数日後、都市部から移動して別の屋敷にいたクロエの元に、一通の手紙が届いた。
差出人は、フィンケ夫妻だ。
クロエが恐る恐る開くと、そこには、感謝の言葉から始まる、長い文章が書かれていた。クロエはホッとして読み進んだ。
『先日はありがとうございました。
最初に、謝罪をさせてください。
あなたにこの問題の解決を頼んだ時、私たちは半信半疑でした。
ルーカス様はあなたを愛するがゆえ、目が曇っておられるのかもしれないと思っておりました。
アッカーソン夫妻があなたが潔白であることを証言してくださったのに。
そういったこともあって、試すようなことをしてしまったことを、お許しください。
最初にクロエ様がおっしゃったことが身にしみました。
クロエ様はご自分の能力に慢心なさらず、私の気持ちを知った上で、この問題を解決しようとしたくださった……その高潔なお心に感謝いたします。
さて、我が家の問題ですが、結論から言いますと、無事に解決いたしました。
本当に、クロエ様の言った通り、あのジャスミンもどきの花が原因でした。
そして、その花を意図的に我が家へもたらした者がおりました……とても残念です。
あの後、子供たちに相談いたしましたら、二人ともすぐに協力をかって出てくれました。
使用人たちに本当の意図がバレないように、二人で分担してくれることになりました。
二人で考えてくれて、息子が、花が嫌いだと言ってまず花を全て撤去し、娘が気に入っていたのに、と反発して、入手経路を聞き出すことにいたしましたの。
そうすると、意外と簡単にわかるものですのね。
犯人は、我が家が経済的に成功した腹いせに、陥れようとした、ライバル会社の方でした。
ライバルと言っても、協力して器の製作などをしておりましたし、好意的な方もいらした会社でしたので、残念でなりません。
改めて互いに至らぬところを話し合い、関係の改善に努めることにいたしましたわ。
あの花は本当に恐ろしい花でしたのね。
研究所で調べてもらって、様々なことを教えていただきました。
今回のことで、こうした危険植物について、もっと周知しようと考えていただけるようです。
あの時、花のことを教えていただきませんでしたら、しばらくは気付かず、家庭不和になっていたかもしれません。
本当に感謝の念にたえません。
最後に、種明かしでクロエ様のお話をしたら、子供たち二人とも、とても驚いてましたのよ』
クロエはそこまで読んで、息をついて手紙を置いた。
よかった。これでルーカスの名誉は守られ、ひいては、国の評判も守られた。
あの怠け者ルーカスが、落ちた名誉を自分で回復できるはずがない。何しろ、クロエにプレゼントを買っても面倒で届けなかったような男だし、結婚しないとならないはずの貴族家嫡男なのに独身主義で、興味のないことには何もしない。名誉に興味がないのは明白だ。
これは、植物を楽しむ代わりに侯爵家の名誉をつなぐという、クロエの使命なのだ。
何事も楽しいことだけでは済まないのがこの世の中だ。もっと楽な苦労でもよかったのに。それならもっと植物を楽しませてくれたっていいのに。
そうはいっても、うまくはいかない。何とも世知辛い。
今はもう、クロエたちは首都圏からは離れ、友好都市の田舎町へ向かってる。そこには森があるし山があるから、きっと植生植物を楽しめるだろう。エマからは現地で研究室を持つ、教授への紹介状をもらったし、大都市部のような人間関係はきっとない。そう願う。
クロエはお茶を一杯飲んだ後、先を読み進んだ。
解決に至る出来事が細かく記され、警察に連れて行ったこと、自分たちの使用人たちにそれを告げたこと、みんなで士気を上げたことが書かれていた。
『
先日、あなたへの中傷や悪い噂を聞いて、とても悲しい気持ちになっております。
ルーカス様と似合わないなど、ありえませんし、マリアンヌ様をいじめるなど、するはずがありません。
私どもは、永遠にクロエ様の味方です。信頼と友情を込めて。ローゼ・フィンケ、ベルトルト・フィンケ』
「最後は少し違っているわね。私じゃルーカスには見劣りするし、人助けしたからといって、マリアンヌ様をいじめない、というわけじゃないわ。まぁ、いじめてるんじゃなくて、ともにいじめられてる仲間だけど……でも訂正するわけにはいかないし……」
クロエは呟いた。
「マリアンヌ様のことは好きみたいだし、ま、いいか」
手紙を畳もうとして、もう一枚、追記があることに気がついた。
『追記
お礼にと思いまして、持ち運びの出来る、植物の鉢をお送りしました。
クロエ様が植物に造詣が深いことに、私たちもとても嬉しく思っております。
知り合いの国立研究所の研究員に相談して、喜んで頂けそうなものをご用意しました。
グレッグは優秀で、信頼できる、素晴らしい人物ですよ!
ケルベロスフラワーという、一つの茎から三つの花が同時に出ている、食虫植物です。
食虫植物と言いましても、普段は水だけで充分です。
それほど大きくならず、世話も難しくありません。
同梱いたしました肥料を時々あげてください。
この手紙より、少し遅く届くかもしれませんが、少々お待ちください』




