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彼女は悪役令嬢であって探偵ではない  作者: 霞合 りの
case05.相談に乗る悪役令嬢と悩ましい婚約者
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side story05 彼は目撃していただけで監視していたわけではない ーフランクの気苦労ー

クロエの弟、フランク視点のサイドストーリーです。

本編で飛ばしてしまったプロポーズの目撃譚です。




「いい加減、教えておくれよ。僕の兄上が、君の姉上に正式なプロポーズをしに行ったときのことをさ」


ついに来てしまった。この時が。


フランク・ソーンダイクは、この夢見がちな友人を前に、曖昧な笑顔を向けた。


目の前の友人は、パトリック・モファットといい、ウェントワース侯爵家の次男だ。可愛らしいつぶらな瞳が人気で、甘えるのがとても上手だ。その兄、ルーカス・モファットは、見目もよく優秀で、完璧な貴族の模範として、誰もが知っているほど有名だった。


そのルーカスが、フランクの姉と婚約して、さっさと仕事だと友好国の周遊に行ってしまったのが一ヶ月前のこと。フランクには信じがたいことだが、ルーカスは姉にぞっこんで、全く脇目も振らないと評判らしい。


パトリックが聞きたいのは、彼が言った通り、そのルーカスが、フランクの姉、クロエに正式なプロポーズをしに来た日のことだ。


フランクが知っている限り、クロエは一般的な令嬢とは違って、かなりロマンスに興味がなかった。フランクがいるからと結婚する気もまるでなく、何か仕事をしたいと終始出かけていた。


それはおそらくプラントハンターだったが、今でも、それに関わる仕事をしたいと言っていた。だから、クロエがお茶会でルーカスのプロポーズを保留にしてきた時、フランクは驚いたのだった。


まさかあの姉が、その場で断らないなんて。


「ねぇ、まだ教えてくれないの? もう噂も色々なくなったし、興味があるのは僕だけさ」


パトリックに言われ、フランクは我に返った。仕方ない。できるだけ話そう。


「わかったよ。でも、ほら、自分の姉のロマンスなんて、恥ずかしいじゃないか」

「そうかなぁ。僕はアニエス姉様のロマンスの話、大好きだよ」


それはそうだろう。何しろアニエスは、近隣の国の王子と出会って一目で恋に落ち、さほど多くはなかったが、なくはなかった障壁を乗り越え、結婚して王子妃になった。それはドラマチックなロマンスだ。楽しめないはずはない。


だがクロエは……


「ルーカス様がうちにいらした時、それは素敵な格好だったよ。僕だって惚れ惚れするくらい、かっこよかった」


フランクが言うと、パトリックは大きく頷いた。


「そうなんだよ。あの日は兄上は鏡の前で念入りに身支度を整えていてね。今まで、どんな舞踏会に行こうと、そんなこと一度だってなかったのに、すごく緊張していたんだ。僕は知らされてなかったんだけど、特別な日なんだろうなって思ったんだよ」

「そうなんだ」


驚いた。あの姉に会いに来るのに緊張か。でも思えば、フランクが物心ついてから、ルーカスが訪ねてきたことは一度もない。小さかった頃は遊びに来てくれていたのになと、不思議に思ったことがある。


「それで、どうしたの?」

「あ……あぁ、それでね。うちではまた、それまでてんやわんやだったんだよ。姉には知らせてなかったんだ。だから、特別に着飾るのが大変だった」

「どうして知らせなかったの?」


逃げ出しそうだったから。


「……緊張するから?」

「そっかー」

「とにかく、みんな総出でね。試着しなきゃとか、髪も流行を試さなきゃとか言い訳を考えて、侍女たちがよくやってくれたよ。姉上は、今までで一番綺麗になった」


フランクはしみじみ思い出した。


クロエはいつも身綺麗にして、美しくしてはいたが、あまり遊び心のないドレスばかり着ていたように思う。だから、あの日着ていたドレスに髪型は、目をみはるほどで、毎日会っているはずのフランクでさえ、誰だかわからなくなるくらいだった。


「それで、ついにルーカス様が来て……僕がお相手をしたんだ。父上も母上も、プロポーズが終わってから入ろうって決めてあって」

「そうなの?」

「うん。どうせ家ではもう受けてるから」


ただ、クロエが渋っていたのは確かで、それで、家全体が戦々恐々としていたのだ。両親が見張っているような状態だと、クロエも意地を張って断ってしまうかもしれないと、フランクがその役を担ったのだった。


「それで、……そうだね、確かに今思うと、ルーカス様は緊張していたよ。普通にお話ししてくださったけど、座らず歩き回っていたし、時折返事が遅れたし」


だが、そんなことは吹き飛んだのだ。クロエが部屋に入ってきた時のルーカスの表情は、恋をしたこともないフランクがそれとわかるくらい、はっきりしていた。


ルーカスはクロエに恋をしている。しかも、今ここで、もう一度恋に落ちた。


フランクはその時のことを未だ克明に覚えていた。



☆☆☆☆☆☆☆


「まぁ、ルーカス様……一体どうなさったの?」


クロエは驚いて目を丸くし、さらに、ルーカスの正装に首を傾げた。


「これからどこかへお出かけ?」


すると、ルーカスはフッと照れ臭そうに笑った。


「違うよ。君に会いに来たんだ」

「私に? どうして?」

「言っただろう、『すぐに家から正式な婚約の申し込みをするから』って」

「あぁ……、そんなことも……おっしゃってましたっけ?」


フランクは全く要領をえないクロエの返答に、頭を抱えそうになった。


だが、ルーカスはそんなクロエにめげる様子もなく、クロエの手をとって跪いた。そしてその手に口づけをして、顔を上げ、クロエをまっすぐに見た。


「クロエ・ソーンダイク令嬢。……僕と結婚してください」


これほどまでに感動的な場面があるだろうか。フランクはその率直な言葉と、堂々とした態度に感じ入った。そして、クロエの美しさと、ルーカスのかっこよさに見とれた。


あとはクロエがはにかみながら、イエスと頷くだけだった。


だがクロエは、目を瞬かせて、つぶやいただけだった。


「え、探偵?」


何の話だろう、とフランクは首を傾げたが、ルーカスは微笑んで立ち上がった。そしてクロエに向かって言ったのだ。


「もちろん。でもそれだけじゃない。外国の植生植物を、現地で見てみたくない?」


唖然としていたクロエの目が、急にキラキラと輝いた。嘘だろう、とフランクは叫びそうになった。どうしたら、あのプロポーズより植物の話の方が気になるんだ?


「見てみたいわ」

「それなら、僕と婚約すれば、見に行けるよ」

「一体どうして?」

「僕は君と婚約できたら、隣国の周遊に行くつもりなんだ。君が好きな、植物栽培に力を入れてる国を選んでいい」

「本当に?」

「もちろん。僕が嘘をつくと思う?」

「……いいえ、思わないわ」

「それなら、お願いだから、結婚して」

「え? ……ええ、そう、そうね、……えぇと……お受けするわ」


クロエが戸惑いながら頷き、ルーカスは幸せそうにクロエを抱きしめた。


今度はフランクが唖然とする番だった。


今、愛してるとか、好きだとか、一言も言ってないよね? 外国の植生植物? 何で? それでいいの?


それより気になることは、ルーカスが明らかにホッとしていることで、それでよかったということだ。


ルーカスはクロエを愛しているのに、それを言わずに、植物で釣った。クロエのことをよく知っているからだと言ってしまえばそれだけだが、全然分からない話だった。


一つ考えつくことは、クロエがその場で断らなかった理由だ。嫌だったらけんもほろろに断るはずで、歯に絹を着せない様子から、生意気だと言われているくらいに、時に辛辣になれる人だ。だとしたら、そもそも断れなかったということになる。なぜなら、……嫌いではないから。


それじゃ、好きだから? 


それならなんで、あんなに戸惑うんだ?


弟の自分から見て、クロエは何を考えているのかさっぱりわからない。



☆☆☆☆☆☆☆



こんなこと、兄を尊敬しているパトリックに言えるはずがない。


「それで、クロエ様がはいってらした時、兄上はどうしたの?」

「あぁ、ルーカス様は目を奪われて、……そのままプロポーズしたんだ」

「クロエ様はなんて?」

「何も知らされていなかったから驚いて、……返事はすぐにできなかったんだけど、ルーカス様が和ませてくれて、それで、……イエスと言ったんだ」


そう。あれは和ませてくれたのだ。フランクは無理やりそう思うことで、その場をやり過ごした。


パトリックが目を輝かせて頷いた。


「そうかぁ、そうなのか! 素敵だったろうなぁ、兄上のプロポーズ……」


そうやって楽しそうにしているパトリックを見て、フランクは何となく不安な気持ちになった。将来、パトリックは、姉のように兄のように、ドラマチックなロマンスを探して、プロポーズしては婚約しては断り断られ、そんな波乱万丈な人生を送るのではないかと……


考えすぎか。


それより、目下気になることは、ルーカスがクロエに愛想を尽かして、帰ってくるなり婚約破棄されはしないかということだ。


そんなことにならなければいいけれど。


恋は盲目というが、姉はロマンスから一番遠いところにいる人だ。どうも、フランクには、二人がロマンチックな状況になっているとは思えないのだった。



次はルーカスの友人の家にご訪問です。


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