5-6.悪役令嬢の面目躍如
「どうなさったの、ベルビン様?」
首を傾げたクロエに、固まっていたベルビンが目を瞬かせる。
「え、あ、いや……その……思ったより仲がよろしいなと……」
「そうでしょうか?」
「えぇ。ルーカスが私があげた社交術の本を読むなんて、考えられませんでした。あなたのおかげですね」
本当にルーカスはマニュアル本を読んでいたらしい。ベルビンがルーカスにあげたのか、とクロエは少し微笑ましく感じた。
「だといいのですが」
「これでやっとまともな人間になれるかもしれません」
「まぁ、ベルビン様もルーカスには苦労なさって?」
「多少の心得はありますよ」
ベルビンがニヤリと笑った。何て心強いんだろう。クロエは少しほっとした。ルーカスにも、幼馴染以外に心を許し、ギャップを受け入れてくれる友人がいたのだ。
「あいつは、他人には完璧なのですが、身内になると、途端にわがままでめんどくさい奴になりますね」
「まぁ、わかってくださってとても嬉しいですわ。イメージを崩してはならないと、私も悪戦苦闘しておりまして……」
「何の話?」
ルーカスがクロエとベルビンの間に顔を挟んだ。しまった。クロエは慌てて話題を変えた。
「そ……それで、ベルビン様、どうでした? お心当たりは? 奥様の好きな花は」
「違った……違いました!」
「あら」
「今、あなた方を見て気づきました。そうだ。妻が好きなのは、ラナンキュラスだ! ピンクの……」
「では、それでお怒りになられたのでは?」
クロエが言うと、ベルビンは初めて納得できたように頷いた。その場をすぐにでも辞してしまいそうなベルビンに、クロエは急いで声をかけた。
「それで、奥様は、草花の品種改良に興味がおありなんですか?」
「え? ええ、はい。こちらに来てからですが、専門の国立植物研究所が近いので、自国へプレゼントする花を選ぶうちに、そちらに通うようになりまして。妻は、それで輸入業者のような仕事も始め、楽しんでおります」
クロエは目を輝かせた。
草花関係の仕事の成功者! しかも異国で! 参考にできるならしたい。いつルーカスに婚約解消されてもいいように、備えておかなくっちゃ。
「まぁ、ベルビン様! 奥様を紹介していただけないかしら! 私も植物には興味がありますの。まして、この国は最先端の国ですもの、植生植物だけでなく、研究所での新しい種について、お話を聞けたらと思いますの!」
「もちろんですとも! 妻も喜ぶでしょう。ルーカス、どうかな?」
「あぁ、構わないが……ベルビン、のんびりしていていいのか?」
「あ、そ、そうだったな、ルーカス……しかし……その……」
言いながら、ベルビンはキョロキョロと会場を見回していた。クロエにも少し怖気付いているのがわかる。原因がわかったところで、怒っている相手に声をかけるのは勇気がいる。
「すぐにでもフォローした方がいいと思うぞ……エマ様はお綺麗だから、ほら、他の男性に声をかけられてしまっている。怖がってる場合じゃないんじゃないか? 愛妻家であるはずなのに、自分の妻の大好きな花を覚えていないばかりか、あのマリアンヌ嬢に捧げられた花と間違えるなんて、言語道断だ。彼女にとっていいイメージだった幼馴染の男ですら、マリアンヌ嬢を見て骨抜きになったのだからな。男なんて信用ならないのは、当たり前だろう」
クロエはため息をついた。言ってることは正しいかもしれないが、もうちょっと優しく伝えて欲しい。この配慮のなさよ。
「ルーカス……言いすぎよ。あの男と比べてはならないわ。ベルビン様はちゃんと奥様を愛してらっしゃるんだもの。あんまり厳しいことを言うと、嫌われてしまうわよ」
唯一かもしれない友達じゃないの! こんなことで離れてしまっては、クロエが困る。
「僕を嫌いになるのかい?」
ルーカスがシュンとなって肩を落とし、私は言葉に詰まった。かつて、これで何度ほだされたことか……騙されないわよ、小さい頃とは違うんだから!
「私じゃなくてベルビン様よ」
「別にそれなら」
ベルビンがクロエたちのやりとりを眺めながら、やれやれと小さく呟き、視線を逸らした。
「こりゃ、見てられないな……」
クロエは心を鬼にしてルーカスを睨んだ。
「くだらないことを言わないで。あなたの数少ない友達じゃない。本来なら、あなたが相談に乗らなきゃならないところよ」
「そうかもしれないけど……クロエの目は生き生きしてたから。楽しそうに探偵してたじゃないか?」
何を言ってるんだろ、この人は……それはたまたま花の話だったからだ。ダイヤモンドの話だったりしたら、チンプンカンプンで逃げ出していたかもしれないのに。その時、ルーカスだったらどうするんだろう? やってみればよかった。
「ルーカス、あなた、今日の主賓でしょう……どなたの相手もしっかりなさってください。まして、お友達は率先して話すものでしょう? 近況報告なんてするものじゃない。どうしてあなたって……」
誰にも興味がないの? もしくは、そんなふりをしてるの? クロエは言いかけた言葉を飲み込んだ。ルーカスには言ってもわからないか、伝わりすぎて傷ついてしまうかどちらかだ。何て面倒な人なんだろ。
クロエが次の言葉に迷い、逡巡していると、ベルビンがクロエを呼んだ。
「あ、あの! 大変に参考になりました、クロエ様!」
「それは、よかったですわ」
クロエがルーカスを押しのけてベルビンに近づくと、ベルビンは謝罪するようにクロエに頭を下げ、小さく囁いた。
「はじめ、あの……悪役令嬢となんて、ルーカスはどうしちゃったんだと思ったんですが……あなたは公平で良識ある方だ。噂なんて信じるほうがバカでした。友人である私が、誰よりもルーカスを信じないとならなかったのに……申し訳ありません」
「問題ありませんわ。ルーカスはどうかしているんです。そのうち正気に戻れば、私を解放するはずですわ」
探偵なんて一時の憧れがなくなれば、クロエを探偵に、自分は助手に、なんてくだらないことに固執することはなくなる。それまでの辛抱だ。どうせすぐなんだから。それまで、目一杯、諸外国の周遊権を楽しむことにするわ!
するとベルビンが面白そうに笑った。そして、クロエの耳元で囁いた。
「正気に戻るとは限りませんよ。むしろ、悪化する可能性が高いです」
不吉な。
クロエが顔を向けると、ベルビンはすでに自分の奥方、エマを探してクロエたちから離れながらつぶやいていた。
「恋の病なら、ね」
幸か不幸か、その言葉は、クロエには伝わらなかったのであった。
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