5-5.花を贈る時には注意せよ
クロエは憤って、ルーカスを睨んだ。
「何を言ってるんです? ……ベルビン様、他に心当たりはありませんか? それとも、この時までは、絶対に笑顔だったとわかる時はありますか?」
「”この時までは”、ですか」
言うと、ベルビンは考え込んだ。クロエがその様子を心配で見ていると、ルーカスのクロエを支える手に、ぎゅっと力が入った。同じように心配しているのだろう。でも脇腹掴まれそう。こちらへ来る前に、余計な贅肉をギリギリまで取り除く努力をしておいてよかった。
「うーん、そうですね……、この国は造園業が盛んな国なので、私の家も、庭の植木のメンテナンスによく来てもらうんです。その時、家に飾る花も仕入れることがあります。……あの時は、妻が好きな、ヒナゲシの花があったものだから、それを仕入れました。可愛らしいピンク色で。そこまでは機嫌が良かったのですよ。彼女も喜んでくれましたし。彼女は品種改良にも興味がありますから、調べて、そのヒナゲシが最新の、日持ちする花だと教えてくれて」
「日持ちするピンクのヒナゲシ?」
クロエが言うと、ルーカスが不思議そうにクロエの顔を覗き込んだ。
「それがどうしたの?」
「さっき言ったでしょう、あなたの笑顔はあの新しいヒナゲシで大儲けした、造園家よりも貴重だって。それが、今ベルビン様が言ってらした花よ」
「そうだったね。”花はたくさん作れるけど、笑顔は世界に一つしかない”って言ってくれたね」
「そこは今、大事じゃないわ。ヒナゲシの話よ」
クロエは息をついて、無理にルーカスを振り切ってベルビンに話しかけた。
「ベルビン様、ですから、その、……それは、……ピンクマリアンヌですわ」
「ピンクマリアンヌ?」
ベルビンはクロエに目を向け、首を傾げた。
クロエは頷いた。
「マリアンヌ様にちなんで名付けられた花ですわ。彼女の好きな色味のピンクで、彼女はたいそう歓迎したそうです。品種改良をなさった造園家が、イメージにぴったりだと、そう名付けられたとか」
植物好きのクロエは、市場の花屋によく行き、そこで売られている流行最先端の花に詳しい。クロエの記憶違いでなければ、最近市場に出るようになった花で、特に、貴族の家に売り込みがかけられているはずだ。近隣の国でもマリアンヌの評判は高いし、それなら、庭師が勧めるのもわかる。
「ですから、品種改良に興味がおありで、マリアンヌ様のファンである奥様なら、話題に出るはずなのです。ですが、出なかったのは、奥様が嫉妬しているからではありませんか? 思い出してください、本当に、奥様が好きなお花だったのですか? もしかして、お会いした時に、マリアンヌ様と品種改良の話をなさったとか? その時に、そのピンクのヒナゲシのお話になったのでは? それを、奥様の好きなお花と混同しているのでは」
それはそれで女性からしたら不愉快な話だが、間違いは誰にでもある。原因さえわかれば、謝って済むことだ。多分、……普段から信頼関係があればの話だけど。
「そんなはずは……しかし」
「どうだ、ベルビン? エマ様の好きな花は思い出せたか? そうだ。待っている間、クロエの好きな花を教えてもらってもいいかい?」
「え? え、えぇと……」
好きな花? 花って? 突然話を振られ、クロエはぽかんとした。あの花もこの花も、どれか一つを選ぶことなんてできない。その上、ルーカスがクロエの好みを聞くなんて。
「あぁ、ごめん。君は植物なら、なんでも好きだったね」
しかも謝るなんて。
人に興味がなかったはずなのに、いったい何が起こってるんだろう?
「どうして?」
「何が?」
「私の好きな花なんて、どうして聞くの?」
「……知りたいから?」
「知ったところで、どうするの?」
「花を贈りたいから」
「あなたが私に花を贈りたいなんて、いったい」
「婚約者らしいことを何もしていないことに気づいたからさ。幼馴染だからって、手順を飛ばしちゃいけないよね」
「別に……手順なんて、なんでも構わないわ」
クロエが好きなのは切り花ではなく、植えられている花だ。切り花だって、あの時のバラで充分だし、そもそも、特にそういったやりとりをしたいと思ったことはない。温室をプレゼントしてくれるならまた別だが、そんなことは頼めない。
「そうなのか? 必要だと書いてあったのだが……」
ルーカスがブツブツとつぶやいている。
社交マニュアル本でも読んだのかしら。本当に、小さい時から全然変わってない。他人との交流をめんどくさがる人なのに、社交しかすることのない周遊なんて、なんで引き受けたのかしら? まさか本当に、クロエと婚約するための餌?
だとしたら、どれだけ探偵助手になりたいのかしら。全然わからない。それなのに、助手らしいこと、何もしていないじゃない?




