1-4.庭師の証言
「しらばっくれないで。あなたの管轄する庭よ。誰より詳しいあなたが、この花の価値を知らないなんてことないでしょう?」
クロエの言葉に、ポールはさらに怯えたように身体を強張らせた。まるでクロエが庭の木を全部切ってしまえと言っているかのような顔だ。逆よ、逆。
「間引いた花を売るだけじゃ足りなくなったのね。”侯爵夫人の愛する薔薇”……それだけで、どれだけの付加価値がつくと思う? 世間の人は知らないでしょうね、夫人が絶対に切らせないことなんか。でも私は知ってる。あの花もあの花も、間引いた以上の花が切られて、市場に売られていたわ」
通常、言いつけ通りに間引いた花は主人の意思に任されていて、大抵は部屋に置いたり友人に贈ったりする。ウェントワース夫人は部屋には置かないから、友人に贈るか、ポールや使用人にボーナス代わりにあげているのだ。売るもよし、贈るもよし。かなり良い待遇のはずなのに、言われもしない花を切るのは、給料泥棒に他ならない。
「……ねぇ、ポール。どれだけ儲けたの?」
クロエがにこりと笑うと、ポールが帽子をとって胸の前に掲げ、膝をがくりと落とした。
案外早かったわね。
「わしは……わしは……マリアンヌ様が苦労しないようにって……」
地面に張り付き、ポールは涙を流した。周囲には動揺が走ったが、クロエは構わず会話を続けた。
「苦労?」
「マリアンヌ様は、クロエ様から、言いつけられたと……薔薇を切るように言われたとおっしゃったので、代わりに!」
「そして、薔薇を転売するの?」
「薔薇が目障りだから、……捨ててしまえと言われたと……その、それで、捨てるくらいなら、私がもらっていいかと聞いたら、いいとおっしゃったので」
「マリアンヌ様、本当なの?」
クロエが振り返って聞くと、困り顔のマリアンヌが、前に進み出た。
マリアンヌは言葉もなく、ひどく申し訳なさそうだ。こちらこそ申し訳ない、と思いながら、クロエは笑顔で話しかけた。
「ポールは、あなたが私に言いつけられたと。その……あなたは、悲しいけれど切らなければならないと、私に反論せず、ポールにだけは、苦しい心のたけを打ち明けたの?」
「まさか……言いつけられたりなど……ウェントワース夫人は庭に咲いているのが好きだと聞いておりますわ。それだって、クロエ様が教えてくださったではありませんか」
マリアンヌが驚いて言うと、ポールが信じられないと言いたげに、目を見張った。
クロエがマリアンヌと会話をしたことがないとでも思ってるのだろうか?
「ですからクロエ様、誓って言います、私は何もしておりませんわ……!」
おそらく、この状況からクロエを助けたいとでも思っているのだろう。だが、それには及ばない。マリアンヌの知らないことを、クロエは知っている。
クロエは気遣うようにそっと彼女の手を握った。
「わかってるわ、マリアンヌ様。あなたのせいじゃないの」
大丈夫、言質を取りたかっただけ。クロエは安心させるようにマリアンヌに微笑むと、ポールに振り返った。
どんなに大好きな庭園だからって、いつもだったら一も二もなく参加するお茶会だって。やっぱり来なければよかったと思いたくなかったのに。本当は、今日は来たくなかったなんて、思いたくなかった。
クロエがここへ来た理由ははっきりしていた。それはもちろん、庭園が素敵だからだ。
この家の庭園の丁寧な仕事が好きだった。いつだってこの庭は素敵で、いい思い出ばかりだった。
だからこそ、ポールがしたことは許せない。それをする引き金を作った人間のことも。クロエに罪をかぶせようとしていることも。
クロエは優雅に足を踏み出すと、ポールの傍にしゃがみこみ、肩にそっと手を添えた。
「ポール……」
「お嬢様」
「あなたが優しい人だということは、よく知っているわ。でもあの薔薇の花は、ウェントワース夫人のお気に入りなのは知っているでしょう。いくら、マリアンヌ様が悩んでいても、薔薇の花は切ってはいけないわ」
「で、ですが。あの花を、目障りだとおっしゃったのは、クロエお嬢様なのでは?!」
そしてハッとして口ごもる。
「いや、しかし、でも、私は本当に……」
「本当に、マリアンヌ様がそうおっしゃったの?」
「……え、あの、……」
「違うわよね? 言ってないわよね? ねぇ、思い出して。あのお優しくて可愛らしくて素直で天使のようなあの方が、そのような勘違いをなさるはずがないわ」
クロエが一気に言うと、周囲の人たちも、口々に賛同する。クロエはうんざりする気持ちを隠しながら、淡々と続けた。
「いいこと、ポール。あたかもマリアンヌ様が言ったように、誰かから聞いたのではなくて? マリアンヌ様が困ってらっしゃる、そんな風に? だってあなた、マリアンヌ様とお話したことはないでしょう?」
すると、ポールは思い当たったように顔を上げた。
「は、はい……そういえば……! あそこの、ご令嬢に」
ポールが指差したのは、水色のドレスの令嬢だった。先ほどまで誇らしげに頷いていた令嬢だ。今は困惑の表情を浮かべている。よしよし、順調だ。
「本当?」
「誓って、本当です!」
「そう……」
クロエは彼女に向かっていった。眼の前で立ち止まり、水色ドレスの令嬢の顔を覗き込む。
「あなたが言ったの?」
「私は違います! そんなこと言っておりません!」
彼女は青い顔で首を横に振った。