5-3.友人との再会
「クロエ?」
試行錯誤して表情を作っていれば、だんだんと板についてきた気がする。
どう? ルーカスは私の婚約者(周遊終わるまで)よ! 素敵な人でしょう! この顔が微笑むだけで、小さな国が買える気がするわ。どなたか買ってくださる?
伺うような視線を投げてくる令嬢に、クロエがにっこりと微笑むと、ルーカスが耳元で囁いた。
「……クロエ、聞いてる?」
「え? あ、はい。えーと、なんでしょう?」
「気合い入ってるけど、どうしたの? 僕の婚約者だって、ようやく自覚が出てきた?」
「自覚って、大げさね。滅多に舞踏会に出ないあなたにエスコートしてもらえるなんて、婚約してなくたって自慢よ」
「……本当に?」
「もちろん。ルーカスの笑顔はね、あの新しいピンクのヒナゲシで大儲けした、造園家よりも貴重よ。花はたくさん作れるけど、笑顔は世界に一つしかないんだもの」
ルーカスの頬が柔らかく緩んだ。本当に、うっとりするくらい素敵ね。
「クロエ……君は」
「だから、あなたの気持ちがよくわかったわ。舞踏会に出るたびに、令嬢に囲まれて嫌だって愚痴っていたの、思い出したの」
クロエはルーカスの手を一つ取り、胸の前で両手で包み込んだ。
「名目上でも私が隣で、そばに寄るなオーラ出しておけば、令嬢はこないでしょ? だから笑顔には充分に気持ちを込めてるのよ。大切な幼馴染を疲れさせるな、ルーカスは稀有な人間である……もちろん、私だって、あれこれ外野に言われるのは慣れてるけど、面と向かって言われるのはいやだし。でも安心して。私に気を使わなくていいのよ。私は植物を見られれば満足なんだから、そんなに婚約者らしくしようと無理しないで」
ルーカスの返事がない。
「ルーカス?」
黙っている。もしかして、呼びかけ方が間違えてる? クロエはルーカスが言っていたことを思い出して呼びかけ方を改めた。
「ルー? どうしたの?」
「いや。……何も? 知ってた」
「知ってた? 何を?」
「君の性格さ」
言いながら、ルーカスはじっとクロエの手を見ていた。手を両手で握ったりして、迷惑だったかしら。手を離そうかどうか迷っていると、ルーカスは反対の手でクロエの手を包み込んだ。そして自分の方に引き寄せ、クロエの手にキスをした。
「それなら、もっと違うやり方も試してみない?」
「あら。ドヤ顔はダメだったかしら」
クロエが言った時、ルーカスの名が呼ばれた。
「やぁ、ルーカス!」
ルーカスが顔を向けると、人の垣根の間から、優顔の青年がピョコリと顔を出した。
「久しぶりだな。君が来てくれるなんて、私としてもとても嬉しいことだよ。ようやく、後継としての意識が生まれたってところかな?」
ルーカスと親しげに話す男性を、クロエはなんとなく見たことがあった。彼は最近結婚し、この国の駐在大使として派遣された、比較的若手の官僚だ。ルーカスの家が王宮外の仕事を管理してるのに対し、彼は実直に王宮内の仕事をこなしていた。この派遣は、さらなる昇進の前段階だ。
しかし、笑顔を作ってはいるが、随分と挙動不審だ。視線がキョロキョロと動き、クロエをチラリと覗き見しては、また動く。クロエのことが苦手なのだろう。
クロエはルーカスをチラリと見て頷いた。こちらはオッケーよ、紹介しなくても結構。その合図だったのだが、ルーカスには伝わらなかった。にこりと微笑んで、クロエを逃してはくれなかった。
「やぁ、ベルビン。こちらは僕の婚約者、クロエ・ソーンダイク伯爵令嬢だ。彼女がいなかったら僕はここにいないだろうな。植物が好きだと聞いてね、国外の貴重な植物が見られるのを餌に、婚約してもらったんだ」
「そ……そうなのか?」
この戸惑い方。なるほど、彼は、クロエとマリアンヌとルーカスの噂をよく知っているようだ。
しかし、ルーカスめ。事実の半分しか言ってないじゃないか。でも嘘ではないから、クロエも否定のしようがない。
クロエは申し訳なく思いながら、丁寧に頭を下げた。
「クロエ・ソーンダイクと申します。ルーカス様と仲がよろしいんですのね。どうぞよろしくお願いいたします」
「あ……あの、ベルビン・アッカーソンと申します。この度は、ご婚約おめでとうございます。ルーカス殿とは親しくさせていただいて……どうぞ、ベルビンとお呼びください。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
「まぁ。お祝いのお言葉、ありがとう存じますわ。私のこともクロエとお呼びくださいね」
おめでとうなんて、全くそんなこと思っていないんだろうけど。この場へ来て、心からお祝いされたこと、一度だってないかもしれないわ。クロエは思ったが、顔に表れないように努力した。
「しかし、ベルビン……どうした? 奥方は一緒じゃないのかい?」
ルーカスがキョロキョロと見回した。




