5-2.令嬢のお誘い
ルーカスの考えてることはさっぱりわからない。
「ルーカス様、私のことを覚えておいでですか?」
再び声をかけられ、二人は振り向いた。
「ウェントワース卿はお元気でらっしゃいますか。ルーカス様は一緒にいらした時、ダンスを踊ってくださいましたわね。あの時の素敵なリードが忘れられませんわ。また踊って頂けますかしら?」
ネーブルオレンジ色の爽やかなドレスを着た令嬢が、ルーカスをうっとりと見上げた。クロエはルーカスから離れるべく、彼に添えていた手を離した。彼女はこの首都でも有力貴族の令嬢で、機嫌を損ねてはならないはずだ。踊ろう、ぜひ。自分は壁の花になりたい、今すぐに。
「申し訳ありません」
しかしルーカスは頭を下げながらクロエを自身に引き寄せると、榛色の目を柔らかく細め、令嬢に微笑んだ。
「僕は今日、婚約したばかりの彼女とは、数分でも離れたくないのです。今日は遠慮させたいただいてもよろしいでしょうか? なぁ、クロエ?」
「あら。私はよろしくてよ。踊ってらして?」
クロエが言うと、ルーカスは笑顔でクロエの手に口づけし、じっと見た。
「本当は嫌なんだろう?」
うん、ルーカスがね。
そりゃ、踊るのが嫌いで、ダンスの練習をサボってばかりだったルーカスにとって、ダンスが拷問級に嫌なのはわかる。でもそれを、クロエに結びつけて欲しくはない。
「いいえ。私は初めてで存じ上げませんが、この舞踏会では、ルーカス様がたくさん踊られるのがよろしいと聞いております。私は見ておりますから、ぜひ、踊ってらして」
「君を独りにしたくないんだ」
婚約者を言い訳にするな。社交が仕事ではないのか……
クロエが怒鳴りそうになる直前、ルーカスは令嬢の手を取って微笑み、その手に口づけすると、ぽうっとしている彼女をおいて、クロエの腕を引いてさっさと歩き出した。
「……ルーカス!」
クロエが慌てて声をかけると、ルーカスは不機嫌につぶやいた。
「仮にも婚約者なのに、婚約したばかりなのに」
「ねぇ、ルーカスったら、どうしたの?」
「どうも何も。嫉妬くらいしてくれたっていいじゃないか」
「嫉妬? する必要がある? あなたが踊ることで視察が円滑に行くんじゃないの?」
「だから我慢するって?」
「我慢なんてしてないけど……あなたが踊りたくないのはわかったわ。上手なのに、残念ね」
ルーカスはピタリと足を止め、振り向いた。正直、追いつけなかったのでクロエはホッとした。
「踊るなら君とだ」
「え、私は嫌よ。あなたが踊るのを見たかったの。一緒に踊ったら見られないじゃない」
「それって、僕がどれだけ踊れるか、審査したいってこと? 僕だってそれなりに」
「審査なんて。あなたが踊るのはいつも見てたわ、だから見るほうが好きなの。ほら、舞踏会で踊ってらしたでしょ」
「……いつも? 見てた?」
「と……当然でしょう? あなたは舞踏会に出席したらダンスをせがまれるし、いつも中央で上手に踊ってたもの。あなたは目を引くし、とても素敵だから……」
踊るの嫌いなのに上手だなんて、かわいそうだな、と思いながら見ていたわ。
クロエはとりあえずその言葉は飲み込んで、恐る恐るルーカスを見ると、ルーカスは思いの外、機嫌が良かった。
「でも僕はもう、独身じゃないからね。令嬢とは踊らなくていいんだ。挨拶をさっさと済ませて、早く君と二人でバルコニーででもゆっくりしたい」
主賓が? 何言ってるの? そもそも、婚約してるってだけで、独身だけど?
クロエの言葉にならない訴えをよそに、ルーカスは足を速め、どんどん仕事関係の相手に挨拶を済ませていった。
今日は、友好国に視察に来たクロエたちを歓迎してくれる舞踏会なため、さすがに挨拶が多い。確かに、これをこなした上に令嬢の相手など、さすがに疲れそうだ。案の定、合間に、知り合いらしき令嬢が顔を出しては、忙しそうなルーカスを横目に離れていく。不思議なことに、クロエの顔を見ると、悔しそうに離れていくことも多い。
あ、これはもしかして、とクロエは気付いた。
思ったよりも、クロエの顔は周囲に対して威圧感があるようだ。ルーカスがいつも令嬢たちに囲まれて嫌だった舞踏会で、最低限の挨拶で済むようにするには、クロエが令嬢たちをはねのけるしかない。
そう、まるで、悪役令嬢が、『これは私の男よ!』と宣言するような、圧倒的なドヤ顔を披露するのだ。
やったことはないけど、……やってみよう。
何しろ、思惑はどうであれ、クロエの趣味のために、わざわざしたくもない婚約をしてまでしてくれたのだ。国からの他国視察の周遊へ同行するには、婚約しなければならない。クロエのしたかった、他国の植生植物の直接見学をするには、そうするしかなかったのだから。




