5-1.壁の花になりたい
華やかなる男の婚約者というものは、概して色眼鏡で見られるものだ。おまけに、国内外に美しさの名声が轟く、天使のような令嬢を押しのけての当選とあれば。
「まぁ、お久しぶりでございます、ルーカス様」
にこやかな令嬢が、ちらりとクロエを盗み見て、また視線を戻す。
ルーカスは本当に人気があるのね。それともあの噂を知ってるのかしら。
クロエは彼女たちににこやかな笑顔を向けた。おざなりな態度を取られても、逆に媚を売られていたとしても、気にするつもりはなかった。ルーカスは婚約者としては申し分ない肩書きに能力に見目、全てが揃っている。その上、クロエは偏見にも慣れっこだった。何しろ意地悪に見えるこの見た目で、悪役令嬢と噂されるのは日常茶飯事だったから。
令嬢が決まり悪そうに眉を潜ませ、そしてまた微笑んだ。笑顔になったり真顔になったり、表情筋の仕事が著しい。自分も表情筋を鍛えたほうがいいのだろうか、とクロエが真剣に検討し始めた時、ルーカスがぐいっとクロエの腰を引き寄せた。
「御機嫌よう、お嬢様方。なんのご用事でしょうか?」
「素敵な方と婚約したと聞きまして、お祝いを申し上げたいと思いましたの」
「そうですか。それはありがとうございます」
そうして、さっさとその場を立ち去ろうとする。
待て待て待て。
「ルーカス様、紹介してくださいな」
クロエが言うと、ルーカスは面倒そうに振り向き、居丈高にクロエを紹介した。ヒヤヒヤしたが、彼女たちはルーカスのその態度に嫌なそぶりひとつ見せようとしない。
ルーカスが相手をするだけで嬉しいみたい。
当然、わかりやすく、彼女たちはクロエに見向きもしない。一応、クロエも彼女たちからも紹介をもらうが、ルーカスが何もフォローしないため、微妙な空気が流れる。
だが、待ってほしい。相手がどうであれ、そこはルーカスが適当に相手を持ち上げる必要があるのではないか。クロエがいくら親しげに笑顔を見せても、彼女たちは興味がないのだから。それなのに、ルーカスは、むしろそれを助長するかのように、いかにも挨拶させたくないという雰囲気だ。異国の舞踏会で、唯一の共通点が何もしてくれないのでは、こちらからも円満な会話をするにも限度がある。
なぜよ……だってこれは、ルーカスのために開かれた舞踏会なのに。
クロエがちらりと令嬢を見ると、令嬢は軽く舌打ちをしそうになっていた。明らかに、クロエが邪魔そうだ。でもクロエは、その態度を非難したり不愉快には思えなかった。彼女たちの気持ちは想像がつく。
クロエは、ルーカスの端正な顔を見上げた。笑顔ひとつで国が買えそうなその美貌は、この会場で、誰より人目をひく。
なんだってこんな華やかで人気のある人と婚約などしてしまったのか。
後悔しても、遅い。
クロエは先日、ウェントワース侯爵家の長男、ルーカス・モファットと婚約した。ルーカスは何の衝動か、お茶会の会場でクロエに公開プロポーズをしてきたのだ。
ルーカスが自分と本気で婚約したいと言い出すなんて、冗談にしか思えなかった。なぜって、幼馴染とはいえ、ルーカスは、クロエには到底釣り合わない、雲の上のような存在だからだ。絶対に撤回されると思っていたし、今でも思ってる。
だが、正式に本人が申し込みに来た時、ルーカスはクロエに悪魔の囁きをした。
『外国の植生植物を、現地で見てみたくない?』
……見たい!
瞬殺だった。
植物好きのクロエは、その餌にまんまとつられてしまったのだった。
『ついでに探偵になって、僕を助手にしたいと思わない?』
それは思わない。
だが、ともかくもそうやって、ルーカスはまんまと、公開プロポーズを黒歴史にすることなく、クロエと婚約したのだった。




