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彼女は悪役令嬢であって探偵ではない  作者: 霞合 りの
case04.舞踏会へ行く探偵と気を引きたい助手
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side story04 彼女は気に入ってるだけで邪魔をするつもりはない ーレオナの心残りー

ルーカスの母、レオナ視点のサイドストーリーです。


息子の婚約について考察してます。

ルーカスの弟、パトリックが出てきます。


ちょっと長めです。



ウェントワース侯爵夫人、レオナ・モファットは思案していた。


外国に嫁いだ長女のアニエスから、お怒りの手紙が届いたのだ。


レオナを始め家族への気遣いと、自分の近況で充分に手紙の義務を示した後、彼女は本題に入った。


『お母様! 水くさいですわ! あのクロエ嬢をあのルーカスがオトすなんて、一体何をしたのでしょう? クロエ嬢を諦めてマリアンヌ嬢に鞍替えしちゃうかしらと心配していたくらいよ。自分でやり遂げるなんて、見直しましたわ。いつか、私がアドバイスするものだとばっかり。


今は、二人で外国を視察している頃かしら? 私の国には寄っていただけなくて残念だわ。婚約したての初々しい二人を見たかったのに。


我らが友人、改め義妹のクロエ様にお会いしたら、話したいことがたくさんありますの。


今から会うのが楽しみだわ。


ええ、もちろん、我が愚弟ルーカスもよ。


それでは、愛を込めて』


レオナは手紙をたたみながら考えた。


果たしてこれで合っていたのか? と。


レオナの長男、ルーカスが電撃プロポーズをしたのは、一ヶ月以上前の、この侯爵家であったお茶会の日だった。お相手は、しばらく疎遠だった幼馴染のクロエ・ソーンダイク伯爵令嬢だ。


レオナにとって、これは驚きの連続だった。


結婚に興味のなかったルーカスが突然プロポーズしたのも驚きだし、自分たちに相談もなしに公衆の面前で言い出したのも驚きだった。我が息子もおかしなことをするものだと、逆に興味がわいた。


あのお茶会での突発的なプロポーズは、何のためだったのか。


クロエと交流を取り戻すため?


クロエに探偵になって欲しいなんて言っていたけれど、本気で探偵だなんて思ってたのかしら?


どちらかといえば植物園や温室を提案した方がクロエは二つ返事でオッケーしただろう。


ルーカスの中のクロエは一体どうなってるの?


レオナはピンと人差し指で手紙を弾いた。


……ただ好きだといえばよかったはずなのに。


『あなたに恋い焦がれているから、会えない時間が寂しくて耐えられません……こんなにもあなたを思って贈り物を買ってしまった。これをもらってほしい。そして、この先も贈らせてほしい。私の妻として』


とか何とか、ルーカスだったらいくらだって思いついたでしょうに。


クロエもどんな理由でプロポーズを受けたのやら。


とはいえ、レオナにしてみれば、これ以上にない縁談だった。


もともと、ルーカスにとってクロエが特別なことは知っていたが、レオナにとっても、クロエは良い友人だった。だが、それゆえ、あまり二人が親しくならなくても良いと思っていた。そのためにクロエと親しくしていたわけではないし、期待されても困る。


それは、アニエスの手紙に名前が出ていた、マリアンヌ・クラーネにも言えた。


噂では、ルーカスをめぐって、クロエとマリアンヌが火花を散らしていると言われていた。


だが、実情は全く違う。


知り合った時、マリアンヌはすでにルーカスと親しくしており、その親しげな様子に、レオナはてっきり、マリアンヌが私利私欲でルーカスに近づいているのかと警戒した。だが、それは杞憂で、彼女はもともと天真爛漫で好奇心いっぱいなだけの、素敵な令嬢だった。その上、ひたすらクロエを尊敬していて、驚くことに、ルーカスとはただの友人付き合いをしていたのだ。


あの人嫌いのルーカスと親しくなるとは。


「”クロエ様大好き同盟”ねぇ……」


ルーカスとマリアンヌの、意外な共通点。多分それが、クロエ以外の令嬢で初めて、マリアンヌをレオナが面白いと思ったことにつながるのだろう。


クロエは不思議な令嬢だった。


洞察力が鋭く、真面目で、植物好き。ドレスも宝飾品もお菓子も、さほど好きではない。だが、とにかく、植物だけは異常に好き。


クロエの母親の伯爵夫人とは、レオナは昔から気が合って、結婚してからも付き合いがあった。その過程で、よく遊びに来ていたのがクロエだった。同じように母親同士が親しかったベンジャミンとで、三人はそれなりに気が合ったようで、親も気軽に互いの家を行き来できるようになり、さらに仲良くなっていった。


レオナが出会った頃には、すでに、ずっと庭で飽きるほど花を観察していた。彼女の母親が、『クロエがプラントハンターになりたいと言い出した』と嘆いたのも覚えているし、そのためにクロエは様々な努力をしたが、結局、体力面や家柄の問題で、許可できなかったと、少し残念そうに言っていたのが印象的だった。


レオナも造園が好きだったから、クロエの気持ちは良くわかる。だが正直、ルーカスがそこまで気にいるとは思ってもいなかった。


噂は噂。友達の少ない侯爵令息ルーカスだから話題に上るだけ。


レオナは、クロエが自分と親しくすることと、ルーカスと噂があることで、時折、板挟みになっているのを知っていた。レオナもなるべく噂を消せるように努力したが、誘わないという選択肢はとれなかった。


クロエにとっても、レオナとのお茶会は心休まる時間だと、レオナはわかっていたからだ。レオナが配慮しだしたら、クロエはとても寂しく思うだろう。だから、クロエが貴族令嬢の中で敵視されることがあると、心苦しく感じ、いくらでも解決に力を貸した。


ルーカスだって、結婚はしないと言っていても、いつかはすることになるだろうと、本人もわかっていたはずだ。それまでは自由にさせてあげて、さすがにこれ以上は、と思った時期には、ルーカスがそれなりの令嬢をそれなりの状況で選ぶのだろうと勝手に考えていた。


その時に、クロエが待っていてくれたなら、ルーカスは当然選んだだろう。だが、その希望は薄かった。クロエだって選ぶ権利はあるし、仲の良さと、家同士の結婚はまた別だ。アニエスは驚異的な資質で恋愛結婚をしたが、誰しもできるわけではない。


侯爵家だろうと伯爵家だろうと、血族に生まれた以上、その政治的背景に関わることになる。結婚は一番の出来事だった。特に女性にとっては大問題だ。


レオナが様々に思い巡らせていると、部屋のドアをノックする音が聞こえた。


「母上」


小さくドアを開けて目を凝らすのは、レオナの次男、パトリックだった。


「今、入っても大丈夫でしょうか?」

「ええ、パトリック。どうぞ、いらっしゃい」

「姉上からのお手紙はどうでしたか」


目をキラキラさせて話を聞きたがるのは、幼い頃のルーカスを彷彿とさせた。


ルーカスったら、今じゃ何にでも冷めた目をしているのに、この差は何かしら。パトリックも将来はあんな風に? それは阻止したいところだわ。育て方が問題なら、気をつけなくちゃ。


レオナは微笑んだ。


「アニエスは、ルーカスが婚約したことに驚いていたわ。でも予想はしていたみたい。クロエ様に早く会いたいって」

「そうでしたか! 姉上はすごいですね! 僕は全然わかりませんでした。マリアンヌ様なのかなって思っていたんですが、違っていました…… でも僕はクロエ様を姉上と呼べるのはすごく嬉しいです。とっても優しいんですよ。先日も、僕の好きな香草の入ったお菓子をくださいました」

「そうね。クロエはとってもいい子よ。私も嬉しいわ」

「母上は、兄上とクロエ様についてお話ししたことがあるのですか?」

「いいえ、ないわ。あの子が選ぶなら、とんでもない人でなければ、私は誰だって構わなかったから」


家のことを切り盛りし、しっかり自分のできることをやり遂げてくれる人であれば。


「ルーは運が良かったわね。クロエが求婚を受けてくれたんだもの」

「運、でしょうか? 兄上はご立派で……誰からも拒否されるとは思えませんが……」

「そうねぇ……何と言っても、侯爵家の跡継ぎで、なんでもそつなくこなせる有能な令息ですからね」


レオナは自分で言って笑った。全く実感はないが、そう言われているのだから、素直に受け取っておくしかない。


「でも、そうじゃない場合だって、あるでしょう。ルーじゃ物足りないなんてことだってあるわ。世の中にはもっと素敵な方がたくさんいるんだから。それに、侯爵の仕事は忙しいし、諸外国との友好や新しい土地の開拓も管理・確認しなきゃならないのよ。妻になるには、適性も求められるわ」


レオナは自分の公務は好んでしているが、社交界はそこまで好きではなく、政治的な動きには鈍い。だから、当代の自分たちが何を言われているか、よく知らなかった。だが、ルーカスが早く結婚相手を決めてくれと圧力をかけられているのは知っていた。令嬢たちがルーカスとの縁を捨てきれず、他の人との縁をためらうからだ。


結婚に乗り気ではなかったルーカスがその意思を示したことで、父である侯爵は感激し、すぐに手配した。クロエを周遊に連れて行きたいなんて、可愛いものだ。婚約者なのだから好きにするといい。


特に、忙しい侯爵は友好国への視察について、手をかけてこなすことができないことを、ずっと気にしていた。合間に職務もでてくるので、代理をしようにもレオナだけで回ることは不可能で、後継のルーカスが代理をこなすことが期待されていた。


「大丈夫です。クロエ様は優秀な方ですし、兄上も信頼なさってますから!」

「そうね、協力してできるといいと思うわ」


とはいえ、ルーカス一人でも回せそうだけど。


母親であるレオナが言うことでもないが、ルーカスは非常に良くできた”侯爵令息”だった。


ちょっと癖のあるセピア色の髪、星の輝きのある榛色の瞳。人混みの中にいても、よく目立つ雰囲気があった。普段はともすると冷徹にも見えるのに、笑うとかわいいと評判で、その上、頭脳明晰で事業の運営に長けているし、人望も厚い。だから、みんなルーカスのために動いてくれる。本人が頼まなくても。


だが、性格に難がある。


ルーカスは能力はあるのに面倒くさがりで、怠け者だ。決して外には見せないが、身内にはわかりやすすぎるほどに、興味があることしかやらない。そして、基本的に、最低限の社交はするが、人付き合いは苦手、友達も少数で、あまり興味もないのがルーカスだ。


表面しか知らない人たちは、軽々しくレオナたちにルーカスに頼めと助言をするが、そんなこと、出来るならとっくにしている。


どうしたらいいのかと悩んでいた時、ルーカスが言い出したのだ。


”クロエと結婚してもいいなら、婚約者として、クロエを連れていく条件で、友好国への視察をいくつか、代理で引き受けるよ”


主に涙を流したのは侯爵だが、泣くほど嬉しかったのはレオナもだった。今回は、ゆっくりと回って、しっかり見てきてもらうことができる。特に、後継が行くということは、末永くよろしくという意味も含まれる。彼らはどこでも歓迎されるだろう。逆に、されないこともあるかもしれないが、それは報告をしてもらうまで。


突然代理をこなしてもらうことになり、夫とは奔走したが、二人を無事に送り出すことができて安堵していた。


「はい! 僕も、兄上の手助けをできるように頑張ります!」

「それはとってもいい心がけね。あなたたち二人が信頼し協力し合えば、お互い、とても仕事が楽になるわ」

「もちろんです!」

「あなたのお父様も、兄弟たちとうまくやってきたのだけど、それでも仕事は多いから……まぁ、私の誕生日も忘れたりしがちになってしまうの。そういうことがないように、ルーカスを見てあげて」

「まさか、兄上はきっと大丈夫です」

「そう?」

「はい。だって、クロエ……お姉様が、つけていたパリュール、とてもお似合いでしたよ、母上。さすが兄上です。僕もいつか、あんな風に、好きな方にプレゼントしたいです。毎年、秘密で揃えて、これまでの思いだと伝えるなんて、目の前であつらえてあげるより、ずっとロマンチックですね」


レオナは多少罪悪感を覚えながら思い出した。


ルーカスが引き出しに押し込んでいたパリュール。


一つ失敬して、クロエに渡してしまったのだ。レオナのお茶会を混乱させず、トラブルを落ち着かせてくれた礼として、あれほどいいものは思いつけなかった。息子の後押しをしたかったわけではなく、ただ、髪留めを見た時、クロエしか思い浮かばず、是非ともつけてもらいたいと思ってしまった。


ルーカスにバレてから散々、夫から息子から執事からみんなに怒られたが、やはり、渡しておいて良かったと思っている。今のクロエによく似合っているから。


乙女の花の命は短いのだ、一番映える時につけてもらいたいと思って何が悪い。加えて、あまりにも動こうとしないので、全部、勝手に引き出しから取って行ったのも悪いとは思ってない。


「なぜ知ってるの?」

「使用人達が話しておりましたよ。母上が怒られたことがあると聞きましたが、それは……兄上が買うのをやめるように言ったと聞いたのですが、本当ですか? 兄上の気持ちを甘く見ていたと」

「……そうね、そうだと思うわ」


うん。もうそれでいい。


それでクロエがルーカスを愛することができ、レオナ自身の心配が減るなら、ちょっとした誤解くらいどうということもない。


すると、パトリックはうっとりと嬉しそうにはしゃいだ。


「やはり、兄上に間違いはなかったのですね! あぁ、兄上はとってもかっこいいです。この話、みんなにしてもいいですか?」

「ええ、いいわよ」


レオナがにっこりとすると、パトリックは嬉しそうに部屋を出て行った。


五年分。長いけれど、短い。


レオナは知らなかった。そう、ルーカスを甘く見ていたのだろう。人嫌いの面倒臭がりだと。誰にも心を向けないのだと。


今まで買ったプレゼントはあれだけではないはずだ。


十年も二十年もきっと、ルーカスの引き出しにはクロエに渡せないプレゼントが眠っているのだろう。


これまでも、これからも。





case05は、そのまま舞踏会です。

ルーカスの友人が出てきます。




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