4-5.探偵への甘いお誘い
「ところで、ねぇ、クロエ。いつもどうやって推理しているの?」
ルーカスの甘えたような声に、思わずどきりとする。ルーカスは無防備になりすぎよ。ただの幼馴染なのに。
「推理? 推理じゃないわ。あれは事実よ」
「じゃ、どうやって事実がわかるの?」
「どうって……」
「母上が切らずに大切にしていたバラの花を、庭師のポールが切ってしまっただろう? あれは、どうして、あの男だってわかったの?」
「あれは……えーと、だから……」
クロエは街市場の花屋を回るのを日課にしている。その中でも、貴族の庭で咲いている最高級の花たちが、切り花として売られている店があった。貴族が飽きた花、綺麗な中でも間引いた花、そういったものが売られ、肩書きとともに人気がある。ちょくちょく覗きながら、各貴族の庭の花を楽しんでいるのだが、最近、ウェントワース家の花がやたらと多いことに気がついた。
品評会などで有名なウェントワース家の花は高値でも飛ぶように売れる。これは、ポールが儲けているな、と思ったのが最初。それで、しばらく、ウェントワース家に行く時は注意深く見ることにしていた。
それとは別に、いつもの通り、クロエの評判は悪い。でも実際に無意識でやってしまっているかもしれないし、どっちなのかわからないため、一つ一つチェックする必要がある。それで、いつも、出られるすべてのお茶会での会話に耳を傾けているのだ。
一番大切なのは、マリアンヌに関しての話だ。クロエの話はこじつけで問題ないが、マリアンヌの中傷は困ったことになる。特に、クロエが自分ではないと反論が証明された時に、マリアンヌに罪を着せられるような、二段階になっているから。
そして、誰かが言うのだ。マリアンヌが決して言わないようなことを。まるでマリアンヌがクロエに言わされたかのように。
でもそんなことはありえない。マリアンヌはクロエと対等にいつも話していて、どちらかというと、好意的だからだ。
でも、世間的にはそうは見えない。クロエは人付き合いが苦手だから。そんなクロエがどう思われようと、どんな対応をしようと、自分には火の粉がかからないように考えてるんだろう。
本当に、最初に思いついた人は、よく考えたものだ。
「……だから、マリアンヌ様が私に命令されて花を切らなきゃならないなんて、そんなくだらないデマを聞いた時に、何か企んでるな、と思ったの。誰が言ったのか、言ったと見せかけたのか、よーくチェックしたのよ。性格や背景をたどれば、動機もわかるし、だいたい、いつそれが起こるのかも想像つくから……」
「ブラボー!」
クロエがそこまで言うと、ルーカスは叫んで私をぎゅっと抱きしめた。
「え、ちょ」
「ほらやっぱり、悪役なんてやめて、一緒に探偵しようよ!」
そして、クロエの頬を撫で、顔をうっとりと眺めた。息がかかるほどに近く、唇が重なりそうだ。
顔、近いです。
「国に帰ったら、依頼を受けよう。僕がしっかりと助手を務める。きっといるよ、何か調べたいことがある人が」
場当たり的な推理なんてできない。ましてや、依頼なんて。
クロエはルーカスの腕の中で、彼を睨むようにじっと見た。
「ルーカス、誤解があるようなので言っておきますが」
馬車が停まった。
「着いたみたいだよ」
そして、馬車のドアが開いた。
「ようこそお越しくださいました。ウェントワース侯爵家ご子息、テンバリー伯爵ルーカス・モファット殿とその婚約……し、失礼いたしました!」
バタン、とドアが閉まる。
何?
そこでクロエはハッと気がついた。ルーカスが自分を抱きしめている! それに顔があまりに近い。
「ル、ルーカス、ちょっと、離してくださらない?」
「いやだ」
「でももう降りなきゃ」
「誤解って何? 僕とクロエが婚約者ってことは事実だよ?」
「探偵の話よ。婚約してることは関係ないでしょ。今日は何しにいらしたの? あなたのための舞踏会でしょう?」
「僕と君のためだ、クロエ」
「ええ、ええ、そうですわね。いいから、離して!」
クロエが言うと、ルーカスは仕方なさそうに腕を緩め、クロエの頬に軽くキスをした。そのまま唇が重なりそうになり、クロエは慌ててルーカスの顔を押しとどめた。
「ルー!」
真っ赤になったクロエに、ルーカスは嬉しそうに微笑んだ。
なぜよ。
クロエが思っているうちに、ルーカスは爽やかな笑顔で手を差し出してきた。
「行こう、クロエ」
「……ええ」
幼い頃と同じように。
ルーカスが一番で、憧れて、会うのが楽しみで、会ってからはもっと楽しかった、あの頃と。
思い出してしまうじゃないの。想い出は想い出で、今のことじゃないのに。まるであの延長かのように、振る舞うなんて。こちらの心はもうヨレヨレだ。
クロエは数時間ぶりに馬車から出て、ようやくルーカスから解放されたのだった。
case04 END




