4-1.後悔だらけの旅道中
馬車に揺られながら、クロエは真面目に考え込んでいた。
早まったかもしれない。
そして、ちらりと視線を上げると、目の前には、笑顔ひとつで国が買えそうな美丈夫、ルーカス・モファットがいた。クロエの視線に気がつくと、にこりと微笑む。
無駄遣いだわ。
クロエは思いながら視線を窓の外に移し、ため息をついた。
今、クロエはルーカスの仕事について、隣国へ訪問している。ルーカスの目的は友好国の視察だ。なんでクロエが一緒にきているのかといえば、うっかり婚約してしまったからだ。
自分の軽率さが憎い……!
ルーカスといることが、目の保養になる以上に疲れることを知っていれば、考え直したものを。
だが仕方ない。外国の植生植物を現地で見られると言われれば、その餌につられるのは当然だった。クロエは何より植物が好きなのだ。婚約者という肩書きがないと無理だと言われ、一も二もなくクロエは婚約を受け入れ、一緒についてきたのだった。
「退屈かい?」
「いいえ」
「でも、さっきから外を見てため息ばかりだ。僕が面白い話をできないから……」
クロエは慌ててルーカスを見た。星の輝きのある榛色の瞳が、心配そうにクロエを見ている。
「そんなことありませんわ、ルーカス様。充分です」
もともと口下手なクロエと面倒臭がりのルーカスだ。会話が弾まないのは当たり前。気にしなくていいのに。
馬車の動きに、ルーカスのセピア色の癖髪がゆらゆらと揺れていた。その動きが、クロエのよく知っている植物に似ていて、クロエは思わず微笑んだ。
植物が好きでたまらないクロエは、いつも品種改良や外来植物のチェックをしている。
その植物は、最近山奥で見つかったとされる、ホルコスールというツル科の植物だ。葉の茂り方がルーカスの癖っ毛に似ていて、葉が茶色く枯れた時に落ちていく様子が、まさしく、今揺れているように見える。カサカサと乾いた柔らかい音がしないのが不思議なくらいだ。
ルーカスの髪が揺れる姿をまぶたの奥で思い出せば、直近で見た植物園での、そのホルコスールの姿がまぶたの裏に浮かぶ。
カサカサでサラサラでキラキラ。
今、クロエはその動きに夢中なのだ。さっきから思わず視線を外にずらしてしまうのはそのせいだが、それを伝えるのはさすがに憚られた。
なので、クロエはとりあえずその場を取り繕った。
「ただ、……手紙が届かなかったのはなぜかしら、と考えていたんです」
「手紙って?」
「あなたが私に血迷ってプロポーズした後、私に送ったという手紙です。私が受け取っていないので、あなた、驚いて怒っていたではありませんか。どうなったかご存知?」
「あぁ、あれね……」
ルーカスは言葉を濁し、頭をかいてきっぱりと言った。
「あれは……いいんだ。僕が間違えてた。書いたけど、送っていなかったみたいだ」
「そう……なんですの?」
「ごめん。かっこ悪くて言い出せなくて」
嘘つき。でもクロエには、ルーカスのこの物言いに覚えがあった。これ以上追求しようとしても、答えてはくれなさそうだ。何かあったとしても、クロエに伝えたいことではないのだろう。むしろ聞かない方がいいのかもしれない。そう信じよう。ルーカスはクロエに不利なことを言ったこともしたことも、これまでになかったから。
クロエは息をついた。
「わかりました。それでは、私も言いにくいことをお伝えしますわ。実は、窓の外を見るのは、ルーカス様がとても素敵で、見ていると緊張してしまうからなのです」
不意に、ルーカスが頬を赤く染めて、照れ臭そうに破顔した。
「クロエらしくないな、そんな冗談を言うなんて」
すでに言われ慣れたであろうセリフだが、クロエが言うとは思っていなかったらしい。失礼な。私だってお世辞くらい言う。
それに嘘ではない。本当にルーカスはいつも、こちらが緊張するほど笑顔が輝いている。今だって。
「冗談ではありません。本当に、とても素敵です。まるで私の婚約者とは思えないくらい」
クロエは自分の容姿が、華々しくないことを知っている。ルーカスの隣にいると、まるで空気のように消えていなくなるのは、昔からだ。人目を引かないこと自体は何も不満はないが、さすがに申し訳なく感じる。
今日もこれから舞踏会がある。それもルーカスの歓迎のために開かれる、他国での舞踏会。クロエはあつらえてもらった素晴らしいドレスを着てきたが、どう考えても相応には見えない。特に、ルーカスの隣では、ドレスだけが浮いて見えて、一体誰が着ているのか、最後までわからないだろう。
それに、クロエは、自分が貴族令嬢としても人気がないことも知っている。
「わかりますでしょう、釣り合いませんわ」
クロエが言うと、ルーカスはにっこりと笑みを浮かべ、首を横に振った。
「そんなことはない。マリアンヌ嬢だって、お似合いだって褒めてくださったよ。母上だって二つ返事でオッケーだったじゃないか」
ルーカスは身を乗り出して訴えてくる。
彼女が褒めてくれるのは当然だとクロエは呆れた。マリアンヌは地上に降りた天使のような令嬢だ。相手が悪魔であっても、どこかしらいいところを見つけて、何だって褒めるだろう。実際の世の中の評価とは違っていることだってある。
ウェントワース夫人は面白がり体質だから、ルーカスが後悔しようと、自分に害がなければ何でも賛成する気がする。特に今回、夫の仕事を手伝ってくれるのだから。
そのマリアンヌと侯爵夫人が親しくし始め、ルーカスと結婚するのではないかと言われてから、クロエはそれを嫉妬した悪役令嬢とレッテルを貼られた。
クロエは二人に結婚してほしいと思っていたんだけど。
どうして自分が婚約なんてしてしまったのか。
滅多に国外に出られないのに、現地で植生植物を見る機会を逃してなるものか……そう思った自分が憎い。




