side story03 彼は幼馴染であって恋敵ではない ーベンジャミンの憂うつー 後
そこでふと、ベンジャミンはクロエが言っていたことを伝えた。
「クロエはお前とマリアンヌ様がお似合いだと思ってるからなぁ……」
「はぁ? 僕とマリアンヌ様はただの友達だ」
「でも、仲はいい。普通、縁談ってのは、そういうところから決まっていくもんだ」
するとルーカスは憮然とした顔で頬を膨らませた。
「だったらクロエでもいいはずだ。幼馴染なんだし、だいたい、クロエにだってメリットはある。クロエが……探偵をしたいのなら、僕なら、結婚後も好きなことをさせてあげられる。ただでさえ貴族の女性は制限が多いんだし、クロエは一度、プラントハンターを諦めてるんだ。次にしたいことはさせてあげたいじゃないか」
ぶっきらぼうな口調でクロエを眺めるルーカスを、ベンジャミンはジッと見つめたが、ルーカスは表情を変えなかった。
「五年だ、ルー」
ベンジャミンは言った。
「何がだよ」
「クロエとは、お前は五年もまともに話してなかったろう。本格的に距離が開いてからは、三年か? 人間、段階ってものがある。予感だってあるだろう。お前がこの五年、順調に距離を縮めていれば、申し込んでも二つ返事だったろうに」
ベンジャミンの言葉に、ルーカスは目を伏せた。ベンジャミンは、煮え切らないルーカスをからかいたくなった。
「ルーカス、お前がね……本当、誰にでも愛され、なんでもできて、いつだって優しくて、公平で、丁寧で、……ご立派な、貴族の模範のような伯爵様、テンバリー卿がね。一人の幼馴染に対してこんなに臆病でヘタレだなんて、誰も知らないだろうな」
「ベンジー!」
「話せなくなってからも、未練がましく贈り物なんて買っちゃって。送りつければいいのに諦めて、感傷めいて、意外とダサイよな、お前は」
「別に……クロエは大事な幼馴染だから、思いついただけだ」
「社交界デビューの前に、クロエが夜会用のドレスを着て見せてくれた時なんか、お前、舞い上がって一言も喋れないばかりか、おざなりな褒め言葉しか言えなくて、クロエをずいぶん立腹させてたじゃないか。あれは衝撃だったよ」
ベンジャミンはクックッと笑った。だが、少しからかいすぎた。ルーカスの表情が暗すぎる。
ベンジャミンは少し真面目な声に戻った。
「申し込んだのは一ヶ月も前なんだろ? なのになんでまだ、何もしてないんだ? クロエはそれが不満なんじゃないか?」
「何もしてないわけないだろ。手紙を出し続けたのに、届かなかったんだ」
「なんで?」
「わかるかよ。でも、届かないのなら、家の者か国に決まってる」
ベンジャミンはクロエに話した手紙の話を思い出した。クロエが途中、少し考え込んだのはそのせいか。
「それで、わかったのか?」
「陛下が……」
ルーカスの言葉に、ベンジャミンはぎょっとした。
「陛下? って、国王陛下? この国の?」
「当たり前だろう。僕はね、すぐにでも親に言って話を進めたかったんだ。でも、強引にしたくはなかったから、手紙を出したんだ。どんな方法がいい? って。その手紙をことごとく、陛下が止めてた」
「なんで……」
「それはこれから確認する。でも、突き止めるのは難しかった。ギャレットに聞いてもジェイコブに聞いてもわからなくて、徹夜だよ。伝達してくれた男に尋ねて始めてわかったんだ。今までずっと探して話を聞いてた」
「だから家にいなかったのか」
なんだそれ?
「王女か? お前、そんなに……?」
「わからない。だとしたって、構うものか。僕は絶対クロエと結婚する。クロエには隠していたプレゼントも渡してしまったし、もう一度、ちゃんとプロポーズもするつもりだ。でも、……クロエは受けてくれるだろうか。僕は結局、予定通り、好きでもない女性と結婚するしかないのか……」
「……王女殿下と?」
ベンジャミンが尋ねると、ルーカスは肩を竦めた。
平気なフリをして。
ベンジャミンは励ますように、そのルーカスの頭をくしゃりと撫でた。幼馴染の気安さは、時に安心感を与えてくれる。
「怖がりだな、ルーカス。手紙を出したのに、あのガラスドームの草花を、俺がクロエに持ってくるって話すら、お前は読んでない。知っていたら気にしなかっただろうに。俺は余計にお前に怒られた」
「ベンジー……すまない」
頭を垂れるルーカスに、ベンジャミンはクスリと笑った。
「いいよ。お前も俺も、権力と階級の中で生きる人間だ。諦める癖はついてる。なぁ、早いところクロエと仲直りしないと、結婚できないんじゃないか」
「いや、別に……クロエを支援したいだけだから。仲直りしたいわけじゃないし。条件さえ整えば受けてくれるはずだ。まだそれがわからないだけで」
「自分で見つけられると思ってる? それじゃ教えなくてもいいかな」
「なにをだよ」
「お前がちゃんと認めれば、いい案を教えてやるよ。クロエは保留をやめて、直ぐに承諾する」
ルーカスは目をパチクリとさせた。
「それは一体……なんだ?」
「お前がクロエに夢中で、大好きで、結婚したいことを認めれば教えよう」
「結婚なんて」
「それならこじれていればいいさ」
「いや、わかった……わかった、クロエの探偵の才能に夢中で、クロエがそれを披露するのが大好きで、一番近くで見ていたい、だからクロエと結婚したい、それでいいだろ? だから教えてくれ。どうしたらクロエと仲直りできる?」
必死のルーカスの返答に、ベンジャミンは軽く笑った。仕方ない、言い訳くらいは見逃してやろう。
「お前だけにできることがあるじゃないか」
「僕に?」
「そうさ。考えてごらんよ。クロエは植物が好きだろう? 本当は自分で取りに行きたかったんだよな。プラントハンターになって、森の中で自生している花や、山の上の草なんかをね」
「それは……知ってるけど……」
「ルーは連れて行けるだろ?」
「僕が? どうやって……」
「君の父上は何の仕事をしてる?」
「何って……外交と、開拓と……あ!」
ハッとしたルーカスに、ベンジャミンが頷いた。
「そう。嫡男である君がなかなか代行しないから、君の父上は本当にお忙しく働いていて、奥方とゆっくりする暇がないとぼやいていたのを知ってるよ。その上、何でもできるのに何もしようとしない、君の扱いに困っている」
「……僕が代行をしろと?」
「一つや二つ、君が行ける場所もあるだろ? 珍しい草花のある地域なんて、いくらだってある。ここは王都なんだ、ここじゃなければいくらだって」
「……でも、それじゃ、僕が採ってきてあげるだけじゃないか」
「何言ってるんだ。連れて行くんだよ、クロエを」
ベンジャミンの言葉に、ルーカスは首を傾げた。
「クロエを? ……まぁ、仕事ができそうだし、助手? でも、実績がないことには父だって納得しないだろう」
「いいや、もっと楽な方法があるよ」
「何?」
「婚約者として連れて行くのさ」
「……は?」
ルーカスはぽかんとした。ベンジャミンは楽しそうに続けた。
「割といるもんだよ。婚約者と領地を見に行ったりさ。任された仕事とはいえ、次世代の挨拶回りのようなものだ。連れて行ったっておかしくない。それに、将来の奥方が来ると思えば、待遇だって違う。もともと観光の部分もあるだろう、向こうだって接待と割り切ってくれるよ。何かあれば、君の父上に連絡が行くだけだから」
我ながら、とんでもない案だ。
ベンジャミンは、自分にそんな発想ができるとは思いもよらなかった。何しろ、この貴族社会で評判を保ち、出世するのが生き甲斐だと思っているし、上に逆らうのなんてもってのほかだ。ルーカスよりずっと、ベンジャミンは上下関係に厳しいのだ。ルーカスも唖然としている。
だが、幼馴染のために、ちょっと提案するくらいなら許されるだろう?
ベンジャミンの脳裏に、ルーカスの提案に反射的に頷くクロエが浮かんだ。ルーカスは狂喜乱舞し手続きを最速で終わらせ、クロエはあれよあれよと言う間に引き返せなくなって、オロオロとするだろう。だが心配ない。
ルーカスとクロエなのだから。ベジャミンがずっと願ってきて、マリアンヌに太鼓判をもらった二人なのだから。
あわよくばプロポーズの瞬間を見たいが、叶わないだろう。それなら、別の楽しみ方がある。
「陛下の思惑なんて、跳ね除けてしまえよ。お前なら出来る。陛下が自分の娘と結婚させたくたって、周囲が認めてしまえば、諦めるだろう。周遊はずっとデートしてるようなものだ。クロエを口説く時間が出来る。どう? いい案だと思わないか?」
ぽかんとしていたルーカスの顔が、ベンジャミンが話し終わる頃には、随分と晴れ晴れとして見えた。
もうちょっとシンプルに書きたかった……
case04は、ようやく二人きりで話します。




