side story03 彼は幼馴染であって恋敵ではない ーベンジャミンの憂うつー 前
ベンジャミン視点です。
クロエがガラスケースの植物を見ている時の、ルーカスとの会話。
長くなったので、二つに分けました。
同時更新です。
ベンジャミンの幼馴染は、どうやら喧嘩をしたらしい。
留学先から久しぶりに帰ってきてみれば、ベンジャミンの二人の幼馴染のうち、片方、クロエ・ソーンダイク伯爵令嬢は不機嫌だった。
ベンジャミンは首を傾げた。
クロエのマリッジブルーならぬエンゲージブルーかと思いきや、そうではなかった。
もう一人の幼馴染であり、侯爵家の長男で、ベンジャミンの親友……いや、悪友でもあるルーカス・モファットも機嫌が悪かったのだ。
当然、二人から『婚約しました!』と幸せ報告をもらえると思っていたのに。
ルーカスは家におらず、クロエはルーカスの態度が気に入らないようで、終始不機嫌だ。
こじらせるにもほどがある。とにかく、二人のわだかまりをなくさないと。
だから、今、クロエにいいお土産を渡せて心から良かったと思う。
もし、二人がギクシャクしているのなら、クロエへのお土産として手に入れた植物たちは、ふたりが笑顔になるいいきっかけになる。
現に、クロエは先ほどまでの憂い顔が嘘のように、嬉しそうにガラスケースを見ている。いらないから全部持って行けと言われて、面倒だと思いながらも全部持ってきてよかった。
「いやー、喜んでもらえてよかった。元気そうで何より、だっ……」
椅子に座りながら顔を上げたベンジャミンは、思わず逃げ出しそうになった。ルーカスがベンジャミンをじっと見ている。いや、睨んでいると言ってもいい。ベンジャミンは何が何だかわからなかった。
クロエが笑顔であれば、ルーカスはいつだって笑顔だったから。
「……何、ルーカス。俺、悪いことしてないよな?」
「邪魔して悪かったな」
「何を?」
「手を握って……何か大事な話があったんじゃないのか」
「いや、別に?」
ベンジャミンは首を傾げた。あれはただ、クロエの愚痴を聞いていただけだ。総合するとつまり、ルーカスの気持ちがわからないという話だったはずだけど……
「ずっと会っていなかったのに、ベンジーは……いつでもそうなんだ。いつだってクロエはベンジーの方が好きなんだ。ベンジーはクロエにプロポーズしないのか? ベンジーが言ったのなら、すぐにでも承諾するだろうな。羨ましいよ」
「まさか」
一体どうしたんだ、ルーカス?
ベンジャミンは驚愕した。
なんて勘違いをしているんだ。あのクロエがルーカスよりベンジャミンがいいだなんて? クロエがそんなはずないだろ?
「ちょっと待て。あれは、クロエの癖が出て、爪が割れそうだったからだよ。覚えてるだろ、ルーカスだって。イライラするとテーブルを爪で叩くんだ」
「本当に? だから爪が痛んでたのか……最近出てなかったのに」
「へぇ? よく知ってるな?」
「見てたから」
照れも怒りもせず、ふてくされたルーカスに、ベンジャミンはため息をついた。
「あのなぁ、ルーカス、俺はクロエに結婚を申し込んだりしない。俺にとってクロエは大事な友人でしかない。だから、留学先で見つけた植物を運んでくるんだよ。それだけだ」
ベンジャミンが言うと、ルーカスは不思議そうな顔をした。
「クロエに魅力がないだと……?」
「どこをどう聞いたらそうなるんだ?」
「だって……」
「今日はそれで、何しに来たんだ? 俺を探しに来たわけじゃないだろ?」
「……クロエに会いに来るだけでは悪いのか?」
「いいや。悪くはないよ。でも今まで疎遠だったのに、なんで急に来たのかな、と思うだろ?」
ベンジャミンの言葉に、ルーカスは不機嫌に黙り込んだ。返事がなく、ベンジャミンは諦めて話を続けた。
「俺だって、結婚したくないはずのお前が、クロエが探偵をするためだけに結婚を申し込む、ってのは、さすがに想像つかないよ」
「誰から聞いた」
「いろいろと」
ベンジャミンは微笑んだ。
よかった、バレてない。
自分が常に報告をもらっているなどとわかったら、二人とも怒り出すだろう。全く別の切り口で。
ベンジャミンは二人の友人、マリアンヌ・クラーネ男爵令嬢から手紙で定期的に連絡をもらっている。
なので、クロエから聞いた時は知らないふりをしたが、実際のところ、プロポーズについては、マリアンヌから教えてもらった。
二人にマリアンヌと知り合いであることを隠しているのは、最終的にマリアンヌから持ちかけられた話だ。彼女にとって、自分は二人をつなぐ良心らしい。確かにベンジャミンは、二人のためなら自分の利益にならないことでもできるが、二人はそんなことは知らない。正直、隠す意味などないのだが。
たいていの報告は他愛無く微笑ましいもので、ベンジャミンはいつも楽しみにしていた。だが、今回はさすがに驚いた。独身主義だと言っていたルーカスが、急に結婚しようと思うなんて晴天の霹靂だ。
しかし、なんて理由だ。探偵だなんて。
「クロエが探偵になりたいなんて、どうして思った?」
さっきクロエから聞いた時は、衝撃で転びそうになった。
クロエには適当にフォローを入れたが、今、考えてもよくわからない。マリアンヌから届いた手紙にはなかったが、彼女も知らなかった事があったとは。
「似合うから」
ルーカスはベンジャミンが知っていることに疑問も持たず、素直に答えた。
「でも今まで聞いたことがない。彼女がなりたいのは、プラントハンターだったと、お前も言ってただろ」
「諦めて、普通の令嬢みたいに、結婚するつもりなんだと思ってた」
「探偵になって?」
ルーカスは首を振った。
「いや。プラントハンターを”諦めて、普通の令嬢みたいに、結婚するつもりなんだと思ってた”けど、本当は、やっぱり結婚願望なんてなくて、探偵になりたいんだろうって思ったんだ。あの時はいいひらめきだったんだよ」
「プロポーズも?」
「誰とも結婚するつもりがないんなら、僕でもいいじゃないか。僕なら、クロエが探偵でもプラントハンターでも、気にしない。僕のことが嫌いでもメリットはたくさんある。僕以外の人に嫁いだら、公務ばかりで自分のしたいことができないかもしれないからね」
淡々と、ルーカスは意見を述べた。横顔は冷静で、声も落ち着いていて、まるでビジネス取引のように思える言い草だ。
そういうとこだぞ。そういうとこが、誤解されるんだ。せめてそこに加えるべき言葉がある。クロエを好きだから、振られてもいいから最後の望みをかけたんだと、素直に言えばいいのに。かっこつけてばかりいるから。
だが、指摘すると怒られそうなので言わずにいた。
ルーカスは今まで一度だってうまくいかないことはなかった。だが、クロエだけが予想の範囲外に行く。クロエは結婚願望がなく、手に職をつけたくて、ルーカスに引け目を感じて距離をとる。そして、彼女だけが、ルーカスを動かせるのだ。
沈黙の後、ルーカスは少し微笑んだ。
「……でも、僕を前みたいに、”ルー”って呼んでくれたんだ。『探偵? ルー、あなた、探偵になりたいの?』ってさ」
「嬉しそうだな」
「そりゃ、嬉しいさ。それに、昨日は怒ってないって言ってくれた。まぁ、また喧嘩してしまったけど……でも、もうそんな風に呼んでくれないと思ってた。手紙を出しても返事がないし、あ、それは誤解だったってわかったんだっけ……とにかく、話したりなんか、してくれないと」
そうだろうか。
女性の『”好き”の”種類”だって、”範囲”だって違う』としても。”好き”と言わないから”好きではない”わけではないだろう。現に、クロエは嫌だとは言ったけど、断るつもりだとは言ってない。
「だいたい、申し込むのが遅いんだよ。小さい頃に予約しちゃえばよかったんだ」
「そんなこと言ったって、うちは幼い頃から相手を決めるのは禁止だし、クロエだって……好きなことのためなら、ちょっとぐらい僕の相手をしてくれてもいいだろ」
本当に、ルーカスは自分がどういう立場かよくわかってない。人の噂や名声に敏感なベンジャミンには考えられないが、ルーカスは自分の地位に無頓着だ。クロエが自分に引け目を感じているなど、微塵もわかっていないのだ。




