3-7.ガラスケースの中の恋人
「ニーナ、いらっしゃいよ! この花、とても可愛らしいわ」
クロエがお付きの侍女を呼ぶと、ニーナはすぐにやってきて、目を凝らした。
「ええ、小さく柔らかそうな花弁がとても可愛らしいですね。白がメインのようですが、こちらは同じ形でピンクですから……他にも色があるのでしょうか?」
「わからないわ。後で調べてみましょう。えぇと、何て書いてあるのかしら。……ユノリア、ですって。名前も可愛いわね」
ニーナと話しながら、一通り、植物を愛でたクロエは、ふと我に返った。そして、クロエはちらりと二人の様子を伺った。話は聞こえなくても、雰囲気はわかるだろう。
ものすごく楽しそうとは言い切れないが、悪いわけではなさそうだ。
クロエが悶々としていると、ニーナがクスリと笑った。
「殿方は久しぶりに会ったからといって、はしゃいだりはしないそうですよ。穏やかに話されているところを見ると、楽しく会話なさっているのでしょう」
本当だろうか。クロエは疑問に思ったが、兄弟の多いニーナの言うことだから、本当に違いない。
「……そうなのね」
そもそも今日、クロエはベンジャミンに対してさほど感じは良くなかった。それを考えると、久しぶりに会えて嬉しかったとしても、ご機嫌で話すとも限らないし、さらに、不機嫌の理由が目の前の相手とも限らない。
結局、クロエはベンジャミンに甘えているのだろう。だってクロエとルーカスの”曖昧な親しさ”を知っている人物は、ベンジャミンしかいないのだから。
自己嫌悪。
「あぁ、でも、お嬢様にもようやく、植物より気になる方ができて嬉しいですわ」
笑顔のニーナに言われ、クロエは我に返って首を振った。
「別に……そんなんじゃないの」
「そうなのですか? 実は私、てっきり、お二人が喧嘩してしまうかと心配しておりました。抜け駆けするななんて、そんな殴り合いが始まったり……」
それ二人に怒られるわよ。二人ともそこまで気概のあるタイプじゃないんだから。ベンジャミンは感情より利益を取るタイプだし、ルーカスに至っては、そこまで執着がない。はずだ。
うふふと笑うニーナに、クロエは呆れて肩をすくめた。
「ニーナは恋愛小説の読みすぎ」
「お嬢様は読まなすぎです。あぁ、でも、お嬢様は読む必要なんてありませんわね! 先日のプロポーズは、とってもロマンチックでしたもの」
「お茶会でのこと? あれは……彼の気のせいよ」
「いいえ。気のせいなんかではありませんわ。ようやくお嬢様に春が来なすったって、庭師見習いのディゴリーが鼻高々です」
どうしてディゴリーが?
クロエが首をかしげると、ニーナはニコニコしながら続けた。
「ディゴリーはあの日、『侯爵夫人のバラ事件』の事で、お嬢様に言いつけられて、ついて行きましたでしょう? で、お会いして……じゃなくて、庭の影で、バッチリ見ていたそうなんです!」
「何を?」
「もちろん、お嬢様へのプロポーズですわ! もう! 私も見たかったです! バラの花の手配をしていませんでしたら、見られましたのに。あぁ、この屋敷の居間でも再現していただけないかしら?」
いや。無理。
「使用人の中ではその話題で持ちきりですのよ。昨日は、侯爵夫人のお茶会でも、ルーカス様は決意表明をなさったそうで。私たちとても感激いたしました」
ニーナが踊り出しそうに軽やかに立ち上がった。
「それにあの髪留め……! いつもため息が出るほど素敵だと思ってましたけど、まさか、ルーカス様のお見立てだなんて……! 侯爵夫人のご配慮がたまりませんわね! 傷つきやすいルーカス様のお心に配慮し、引け目を感じてらっしゃるクロエお嬢様のお気持ちに配慮し……だってあの髪留めがルーカス様がお選びになったと聞いたら、お嬢様はつけるのをためらわれたでしょう? でも、あれは今のお嬢様にぴったりですもの、お渡しになったのは正解ですわ」
……髪留めが似合うと言ってもらえることには、反論できない。ただ、侯爵夫人はそこまで深く考えていない気がするけれど。だいたいあの時、ルーカスはすごい怒っていたのだから。




