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彼女は悪役令嬢であって探偵ではない  作者: 霞合 りの
case03.帰ってきた幼馴染と面倒な求婚者
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3-5.噂をすれば影

「ヒィ」


ベンジャミンの声にクロエは顔を上げた。指が痛い。そこで初めて、クロエは自分がイライラで爪を割りかけていたことに気づいた。


「ルーカス……?」


ベンジャミンの手を掴んで彼を睨むように見ていたのは、ルーカスだった。先ほどの会話の中心人物、まさしく、噂をすれば影、だ。相変わらず見目麗しく、どこから見ても完璧だ。


え、ちょっと何しに来たの? 


ベンジャミンに会いに来たとか?


「こんなところでなにをしてるんだ、ベンジー」


違うらしい。


しかも言葉に棘がある。クロエは突然のルーカスの登場に心臓をバクバクさせながら、ベンジャミンが答えるのを眺めた。


「……いや、なにも。幼馴染との再会を楽しんでるだけだけど?」

「俺は?」

「さっき会いに行ったけど、留守だったんだ」

「クロエより先?」

「先」

「なら許す」

「なんだそれ」


笑いながら、ベンジャミンがクロエとの間の席を指さして、クロエに顔を向けた。


「座ってもらってもいい?」


ルーカスはクロエに恐る恐る視線を送ってきた。


いくら状況が気に入らないとはいえ、侯爵家の人間に帰れなど言えるはずもない。


クロエは頷きつつ、うんざりして顔を背けた。ルーカスはつまらなそうに頬を膨らませ、ドスンと椅子に座った。


だいたい、なんで来たの? 昨日の今日で、プロポーズは撤回しますってご丁寧に言いに来たのかしら? 文書で済ませればいいのに会いに来るなんて、混乱させて、何がしたいの? ……そうか、手紙が届かなかったから、警戒しているんだわ。だったらやっぱり、撤回の連絡ね。


「みんなで会いたかったから、俺としては嬉しいね」


険悪ムードのクロエとルーカスを前に、まるで気づいていないかのように、ベンジャミンは微笑んだ。


すぐに執事がお茶を持ってやってくる。ベンジャミンが、彼に乾杯の酒を持ってくるように伝えた。ここはクロエの家だが勝手知ったる幼馴染の家。ベンジャミンが気安く社交的なのは変わらない。


「久しぶりなんだし、乾杯でもしようじゃないか」


ご機嫌なのはベンジャミンだけ。ルーカスは不機嫌。クロエだって不機嫌だ。


……というか、どうしてルーカスが不機嫌なの? 撤回するなら、ここは機嫌よく、笑顔でさらっと流してくれないと。


「ベン、さっきの話だけど」

「え、何?」


ベンジャミンがぎょっとした顔でクロエを見た。


「メリットが何もないの。だから私は嫌なの」

「でも楽しいだろ?」

「……距離を置きたい」


クロエのため息交じりの言い方に、ベンジャミンは吹き出した。


「それ、まるで倦怠期の夫婦みたいじゃないか」


止めてよ、とクロエが言う前に、急に、ルーカスがクロエの手を握ってきた。


「え、どうしたの、ルーカス?」


クロエが驚いてルーカスを見ると、ルーカスも驚いた顔でクロエを見ていた。その手は、クロエの割れそうな爪を労るように、優しく包み込んだ。


「……なんでもないよ」


嘘。嘘だ。爪が割れそうなのが気になるんじゃないの?


でもクロエはそれを追求できなかった。ルーカスのことで悩んでるなんて知られたくない。惨めな思いをするのはたくさんだ。けど……ルーカスは最近、ずいぶんおかしい。クロエの知っている姿と違う。手の温もりは変わらないのに。


クロエは心配になってルーカスを見たが、彼はすぐにベンジャミンと話を始めた。クロエの手を握ったまま。


「あちらはどうだった?」

「楽しかったよ。ルーカスもくると良かったのに」

「うーん……僕、勉強はそんなに好きじゃないからね」

「それだけじゃないよ。見聞を広めたり、人脈を広めたり、することはたくさんある」

「でもクロエはいないじゃないか」


言ってから、しまったと言いたげにルーカスはクロエを見たが、クロエはルーカスが思わずがっかりするほど、ぼんやりしていた。ルーカスが手を握りなおし、指でスルスルと撫でても変わらなかった。


クロエはただ思い出したのだ。


そういえば、ルーカスってもともと、そういうところがあったんだった。ベンジャミンとクロエに依存しがちで。でも、いつも一緒にいたいわけじゃない。


忘れてた。だって、ずっと疎遠だったから。



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