3-2.手紙の返事のあり方について
「あ、なら……もしくは本当に、届いてないのかも」
言いながら、クロエは自身に届いてない手紙のことを思い出した。
ルーカスからの手紙は、一度だって届かなかった。本当に送ったのだとしたら、やっぱり誰かがとったことになるけれど……そんな人、いる? そこまで邪魔をしたい人がいるなんて、考えられない。たかだかクロエを……だが、相手はルーカスだから……
「うーん、ありうるけど、手紙は届いた。むしろ、返事はしたって言うんだ」
「”返事はした”?」
じゃ、なんでなのかしら? クロエはしばらく考えて、ふと思いついた。
「それじゃ……手紙じゃなくて、何かプレゼントを送ったのかしら?」
言いながら、クロエはハッと閃いた。
「もしかしたら、白いゼラニウム」
お断りなら、断然、この花。クロエは風情のある嫌味と悪口の応酬があった、本のしおりバラバラ事件を思い出した。そうよ。白いゼラニウムは絶対。
「どうして?」
「花言葉が”あなたの愛を信じない”だからよ。手紙にいいことを書いていたけど、彼の言葉が信じられなかったの。その貴族令息は不誠実な人だったんだわ」
ベンジャミンが目を丸くした。トンデモ理論だったかしら、とクロエが申し訳なく思っていると、ベンジャミンはやれやれと言いたげに息をついた。
「なんで……そんなことわかるの?」
「それは……その、私、花が好きなんだもの。花言葉にだって詳しくてもいいでしょ」
「それでも、そんなこと思いつかないよ……」
「そう? わりとよくあることじゃない。花に言葉の意味を添えるなんてこと。言葉にしてしまったら角が立つことを、やんわりと伝えるのに有効だもの。相手がそれだけの教養があることや、自分の意味を理解してくれる人である必要があるから……試したのかもしれないわね。花の意味がわかれば、考え直していたかもしれないわ」
クロエ自身に必要だったことはない。だが、自分に火の粉がかからないように、周囲の人間関係をチェックするにつれ、そういう知識がついてしまったのだった。
「なるほどね……試した、と」
「きっと友達だと思っていたのよ。あなたと私みたいに」
もしくはルーカスと自分のように。だがクロエにとっては身近すぎて、改めてそれを言うのは憚られた。
「それで、どうだったの? きっと、実際にあった話だったんでしょう?」
「うん。確かに、その話はその通りだったんだ。留学先でのことでね。俺は、その令息に相談を受けたんだが、令嬢からも相談を受けていたから。誠実ないい人だと思っていたんだが、……どうも他にも手紙を出していたようなんだ。その上、令息の手紙は、愛人にしてあげよう、ってものだったから、まぁ、そんな感じだ」
「あら。それじゃ、かなり身分の高い、きっと立派な方だったんでしょう」
「そうだね……身分が高くて、モテていたね。俺としては、そんな人だとは思っていなかったから、かなりショックだった」
クロエは、わけ知り顔でベンジャミンに微笑んだ。
「男性っていうのはね、親しい女性が自分に必要以上の好意を持ってくれると勘違いしがちなのよ」
「勘違い……?」
「例えば、”好き”の”種類”だって、”範囲”だって違うってこと」
クロエの言葉にベンジャミンは考え込むように腕を組んだ。
「それは難しいね。俺は女性のことは一生分かりそうにない」
「そういうものよ。わからない方がロマンチックでいいらしいわ。そしてだから、女性はいつだってミステリアスでいなきゃならないってことよ」
「男性を飽きさせないために?」
からかうように笑ったベンジャミンに、クロエは人差し指を立てて、優しくたしなめてみせた。
「まさか。付け入る隙を見せないためよ。私たち貴族令嬢だって、自分たちの立場くらいわかっているもの。不本意な結婚だってあるかもしれないし、不名誉な扱いだってあるかもしれない。でも、誇りを失わないために、全てを打ち明けてはならないのよ」
そこでふと、ベンジャミンはそわそわしながらクロエを見た。
「……手紙を随分やりとりして、親しいと思っても、それに自惚れるなってこと?」
それは具体的な話? 一般的な話? クロエは喉元まで出かかった言葉を押しとどめ、わけ知り顔で頷いた。具体的に相談されれたわけではなく、あくまで一般論だというのなら、答えは優しくない方向になる。
「そうね……、自惚れていいと思うわ、仲がいいことは。でも自分を過信しないでいた方がいいんじゃないかしら? 確認もしてないのに、惚れ込まれているなんてどうして思うの? 相手が自分に恋していると言った? 証のプレゼントをくれた? 『きっとそうに違いない、だって彼女は他の男にはそんなことをしない』って考えは危険なの。何も考えないどころか、そう見せておきたい人だっているんだから」
まぁ、全部、知り合いからの受け売りだけど。でもベンジャミンにはちゃんと効いているみたい。
「……ひどいじゃないか」
「一般論よ。そうじゃない人もいるわよ。女性は大変なのよ、保険をかけておきたいものだわ」
「なんで」
「助けて欲しいからよ。本当の悪意から」
「お茶会での事件のように?」
「どうかしら。私に向けられたと言うより、こないだのあれはそもそも、マリアンヌ様に一目惚れした人が考えたことだったし、その前は彼女に嫉妬した人だったし、その前はマリアンヌ様が可愛すぎてというか、だからこそ時々、無垢な失言があって……いつも一緒に巻き込まれるから、彼女に注意していると何が起こるかわかるだけで……あっ」
クロエは口を押さえた。
「何?」
「今の、聞いちゃった?」
「……マリアンヌ・クラーネ嬢と仲がいいこと?」
ベンジャミンの優しい声が詰問のように聞こえた。
「ご! ごめんなさい、仲がいいわけじゃないの。私なんて不釣り合いだし! ただ、その、知ってるでしょう? マリアンヌ様は、ウェントワース夫人ととても仲がいいの。だから、時折、すれ違ったりして」
「ストップストップ。なんでそんなに怯えてるんだよ」
ベンジャミンが慌ててクロエの言葉を遮った。
「だって……みんな憧れのマリアンヌ様を、私なんかが注視してるなんて不愉快かと思って……それに、褒め言葉ばかりじゃなかったでしょう。だから」
「いや。クロエは人見知りだけど、誰かを貶めたりしない人だってことは、よく知ってるから。親しくなったんだろう?」
「う……悪くはないと思うわ。最近は、侯爵夫人に二人で呼ばれることもあるし、それなりに会話もできるようになったの。プレゼントも頂いたことがあるし。ね、進歩でしょう」
「クロエにしては頑張ったね。緊張してしまうと好意的に話せないから……緊張しなくなったんだ?」
見ればベンジャミンは笑顔だ。優しいことだわ。
「そう、そうなのよ。でも、みんな想像つかないみたいで、信じてはもらえなくて。とっくに諦めたけど、私、マリアンヌ様をいじめる悪役令嬢だと思われているから」
クロエは肩をすくめた。




