side story02 彼女は友人であってお荷物ではない ーマリアンヌの嘆きー
マリアンヌ視点のサイドストーリーです。
髪留め事件(?)のお茶会が終わって、家に帰ってからになります。
ちょっと長めです。
「また! ……またクロエ様に甘えてしまったわ……!」
マリアンヌは枕を手に取ると、ベッドの上で抱え込んだ。
今日は、ウェントワース侯爵夫人に呼ばれ、クロエと三人でのお茶会だった。穏やかにクロエの話を聞こうと思っていたのに、突然、お客様が来てしまい、クロエの気分を害してしまった。ルーカスがやってきて、素敵な贈り物をしてくれたから、クロエはすっかり忘れてしまったようだけど……
あの自分の対応はよくなかったと、マリアンヌは反省していた。
突然の参加者、モニーク子爵令嬢は、マリアンヌにとっては優しくて華やかな素敵な女性だった。だから、あんなにも話を聞いてもらえないなんて、気づかなかった。
マリアンヌはため息をついた。
一月前に、密かに”友人”に宛てて書いた手紙を思い出していた。
”聞いてください、ベンジャミン様! ルーカス様が、クロエ様にとうとうプロポーズなさいましたのよ! それも、ルーカス様の家のお茶会に参加なさった、みんなの前で。とてもロマンチックで、私、感激いたしました。”
「ベンジャミン様は、手紙を読んでくださったかしら?」
マリアンヌが呟くと、メグはふふふと笑った。
「クロエ様とルーカス様の、ご友人ですね」
「えぇ、そうなの。私たち、お二人を応援してるのよ」
マリアンヌが、ベンジャミンに初めて会ったのは一年ほど前で、他国の舞踏会での出来事だった。話してみると感じが良く、留学先にいた彼は、二人の行く末についてずいぶん気にしていた。マリアンヌは同志を見つけたとばかり、相談相手になってもらったのだ。誰に話しても、聞いてくれなかったから。
だからマリアンヌは、今回こそはと意気揚々とベンジャミン宛に手紙を送ったのだ。マリアンヌはクロエの友人として、しっかりと働きたい。決して彼女のお荷物になるわけにはいかない。
あのプロポーズは素敵だったし、みんな祝福するものだと思っていた。
だが、モニークの様子では、どうも、良くない反応もあるようだ。
「私、クロエ様と仲良くしてはいけないのかしら? ルーカス様だって、あまりお話ししてはならないのでは。でも、話しかけられたら無視するわけにもいかないし……」
男爵令嬢である自分が侯爵令息を避ける度胸はない。だが、他にクロエの話をする友達がいないのか、ルーカスはマリアンヌにクロエの話を聞きたがるのだ。
あんなにお似合いのふたりなのに……
落ち込んでいたマリアンヌは、その日のやりとりを思い出し、枕を抱え直して膝を整えた。
すると、傍らで、侍女のメグが心配そうにマリアンヌの顔を覗き込んだ。
「お嬢様、大丈夫でしょうか?」
「私、みんなと仲良くしたいのに……それは無理なのかしら?」
「お嬢様はみなさんに愛されておりますから……欲深いものですわ、みなさん、自分だけのものにしたいのです」
「でも……」
「えぇ、限りはありますから。それで、みなさん、ご自分が認めたお相手がよろしいのですわ。お嬢様なり、ウェントワースのご子息なり」
マリアンヌは人と話すのが好きだ。仲良くなりたいと思うし、優しくしたいと思う。そんな甘いことを、と言われるかもしれないが、マリアンヌは親しくしている友人、みんなのことが好きで、大切だ。男爵家の娘なのに、みんな優しいし、マリアンヌを尊重してくれる。
もちろん、意地悪してくる人もいるし、クロエとからめて冤罪を着せようとする人もいるけれど、それがきっかけで、最終的には仲良くなった令嬢もいる。だから、マリアンヌは諦めないでみんなと仲良くなりたいと思い、そのつながりを大切にしたいと思っている。ルーカスもその一部だ。
それなのに、どうして”誰か”を選ばないとならないのかしら?
マリアンヌは、まだ結婚や恋人といった関係に、ピンときていなかった。
「メグ、私、怖いわ。モニーク様がクロエ様に言ったように自分が言われたら、私、あんな風にお相手できそうにないもの。反論するので精一杯で……」
わかってた。マリアンヌの取り巻きの令嬢たちでさえ、誰にでも優しいわけではない。
彼らがマリアンヌに対して向けてくれる誠実さや優しさを、すべての人に向けて欲しいとは、思っても言えることではないし、マリアンヌだってできているわけではないだろう。マリアンヌを好いてくれているとはいえ、親身になってくれているわけではない。彼女たちは、いつしか離れていってしまう。
「クロエ様みたいに、強くなりたいわ……」
同性の友人でも、信頼できる人は限られている。クロエは、マリアンヌには信頼できる相手の一人だ。年頃の女性なら、クロエだけかもしれない。
それだけに、マリアンヌにとってクロエは大切な友人だった。
他の令嬢とは、クロエは違ってた。人付き合いより庭いじりが好きだし、笑顔もあまりない。でも、少しツンとすました横顔が綺麗で、笑顔が優しく、時折、びっくりするほど羽目を外した悪戯をする。息がつまる貴族たちの中で、彼女がどれだけマリアンヌを助けてくれたか、数え切れないほどだ。
「とっても素敵なのに、何であんなに評判が悪いのかしら。ルーカス様が素直になれないかしら? とってもクロエ様を愛してらっしゃるのに……」
初めてルーカスと話した日を、マリアンヌはよく覚えている。
☆☆☆
まだ幼かった、十四か十五の頃。
ピクニックの余興で、みんなはあっちへ行ったりこっちへ行ったり。そんな中、誰が手を回したのか、偶然か、二人きりになったのだ。
爽やかな風に、草の匂いが心地よく、空も青く、ただ丘の上に座っているだけだったけれど、マリアンヌはルーカスが噂通りの人ではなさそうだと気がついた。
主にマリアンヌが話し、ルーカスは聞いていただけだった。
それはマリアンヌがすでに、クロエと知り合いだったからかもしれないけれど、気遣いすらない。
今でも覚えている会話は一つだけ。
「ルーカス様は、クロエ様と幼馴染と聞いておりますが、今でも親しいのでしょうか? わたくし、クロエ様のことが大好きですの。でも引っ込み思案な方でしょう? もっと仲良くするには、どうしたらいいのかなって思って」
当時はまだ、大好き、は言い過ぎかもしれないけれど、クロエは素敵な子だと思っていた。頭が良くて、はにかんだ笑顔が可愛らしくて、もっと知りたいと思った。だから、なにを振っても話してくれないルーカスに、試しに聞いてみたのだった。
するとルーカスは初めて目を輝かせた。
「クロエ? あの子はとても素晴らしいですよ。頭もいいし、なんでもよく気付くんです。誰が壺を割ったのか、すぐわかるんですよ? あの推理力、僕も欲しいなぁ……。それに、普段はおとなしいのに、庭のこととなると饒舌で、それもとっても”いい”んですよね! あ、聞いたことないですか? だったら、庭の話を振るといいと思いますよ。すごく楽しそうなんです。内容もわかりやすいし、花の開花予測とかしちゃって、それが当たった時の嬉しそうな顔が! すごく可愛いんですよ! クロエは見ていて飽きないですよね、本当に」
驚いた。
天気の話も政治の話も美術の話も、すべてが上の空だったのに、クロエのことなら、こんなにも話せる。
楽しそうに、キラキラの笑顔で。
ため息まじりにルーカスは言う。
「でもねぇ、誰に言ってもわかってもらえないんですよ。ああ、でも、そうか、あなたもクロエの良さがわかるんでしたね。嬉しいな。改めてよろしくお願いします。クロエと、もっと仲良くなれるといいですね。あの子は、本当に素敵な子なんですだから」
ぽかんとしてしまった。
「そう……ですわね。ありがとうございます」
声は震えなかっただろうか? 笑いをこらえているのを気付かれたら、大変だ。気付かれてしまったら、……いいえ、ルーカスは気付かない。気付くはずもない。マリアンヌのことなんて、興味がないんだから。
ルーカスは無邪気な声で話を進めた。はたから見れば、とても話が弾んでいるように見えるだろう。マリアンヌにしてみれば、ようやくルーカスが話し始め、ただホッとしていただけだったのだけど。
「そうそう。幼馴染といえば、もう一人いるんです。マリアンヌ様は、ベンジーを知っていますか?」
名前を呼ばれてびくりとしてしまった。マリアンヌはそれでも表面上、平静を保って頷いた。
「……ええ、ベンジャミン様ですわよね。クール伯爵のご長男の」
「えぇ! そうです。ベンジャミン・クールはすごくいいやつなんですよ。頭がよくて、……それで、……」
嬉しそうに話すルーカスが別人のようだ。彼にとって幼馴染は大切なんだとよくわかる声のトーンだった。特別な二人。特別な男の子に特別な女の子。これだけ評価が高いなら、ベンジャミンとはライバルなのかもしれない。この人ならばと、ルーカスが身を引いてしまうかもしれない。
「とにかく、ベンジーはかっこいい」
「ええ……そのようですわね」
「でも、クロエは、ベンジーよりかっこいいんです」
「まぁ」
ニコニコと悪気のなさそうな笑顔で、ルーカスは言った。
マリアンヌは心底安心した。
お茶を淹れるのは不器用なのに、花を咲かせるのはとても上手で。びっくりした顔が可愛くて、お澄まし顔はとても綺麗で。謙虚で、素直で、優しくて。
今までは、自分だけが知っている、そんな気がしていた。
でも、ルーカスはとっくに知っていたのだ。マリアンヌが憧れてやまない、あの賢さと優しさを。
それなのに、クロエときたら。
自分がそんな存在だとは、微塵も思っていないなんて。
☆☆☆
その後、マリアンヌはルーカスと”クロエ大好き同盟”を作り、互いにクロエの近況を教え合うことにした。どうしてか、クロエとルーカスは疎遠になって、マリアンヌは過去の話を聞くばかりになってしまったけれど。その上、話題にするといつも困ったような顔をするので、マリアンヌはクロエにルーカスの話題を出来なくなってしまった。
でも大丈夫よね?
いつもクロエはルーカスを目で追っていたし、クロエの気持ちも同じのはずだ。部外者のマリアンヌから話を聞くなんて嫌だったのだ。幼馴染で、疎遠になってしまったけれど、大切な想い人なのだと。お互いにきっかけを探しているのだと……
……だからあの時、しびれを切らして、ルーカスはクロエに言ったのだろう。
『私にまだ権利があるのなら、君に正式に結婚を申し込んでいいだろうか? 君の未来を私と共に過ごしてほしいと』
タイミングが完璧とは言い難かったけれど、とてもロマンチックなシチュエーションだったと、マリアンヌはうっとりとした。
あの時ベンジャミンに送った手紙を訂正する羽目になるのは残念だ。
「あらいやだ」
マリアンヌはふと気がついた。
「そういえば、ベンジャミン様が戻っていらっしゃるの、もうすぐじゃないかしら」
呟いた言葉に、メグは頷いた。
「はい、先日お手紙を読みながら、お嬢様はそうおっしゃっておりました。ウェントワース夫人とクロエ様のお茶会のすぐ後だ、って」
「まぁ、大変!」
出会い頭に、おめでとうとベンジャミンが言ってしまうかもしれないわ! マリアンヌは慌ててベッドから降り、ベンジャミンに出す手紙を書き始めた。
候の文から始まり、手を止めながらも手早く書き留める。
”……驚いたことに、クロエ様はお話を保留になさっているんです。理由は、ルーカス様のお申し出ですの。ルーカス様はクロエ様に探偵をして欲しいんですって。ウェントワース夫人がおっしゃってたのですが、ご自分に自信がないのですって。まるで見当違いの照れ隠しですわよね。あぁ、でも、クロエ様は植物への愛と正義感に溢れてらっしゃるもの、お気づきにならないのかもしれませんわ。そこが素敵なんですけど……”
帰国したベンジャミンは、きっとすぐにルーカスとクロエと会うだろう。それならその時に、クロエに、ルーカスの申し出を断ることのないように、念押しをしてもらわなければ。
さもなければ、クロエの意識がまともになって、ルーカスのプロポーズを受けてくれるような、そんな魔法のようなセリフがないのかと。
願わくば、この手紙が、ベンジャミンがクロエやルーカスに会う間に、届くといいのだけれど。
case03は、名前だけ出てきた幼馴染さんが登場します。




