2-9.お茶会の始まり
レオナが席に着くと、執事のジェイコブが、待ってましたと言わんばかりに熱々の紅茶を注いだ。三人はそれぞれレオナが選んだ紅茶、そしてモニークはレオナと同じものだ。
クロエはちらりとモニークを見た。
レオナと同じ紅茶だなんて。正直ちょっとモニークが羨ましい。もちろん、選んでいただいたこの紅茶だって最高に美味しいし、不満などないけれど、レオナはどんな紅茶を飲んでいるのかとても気になる。飲んでみたいと言ったら、やっぱりはしたないかしら?
クロエが真剣に考えていると、レオナがクロエに向いた。
「それでクロエ、ルーカスがあなたに興味がないって?」
「え? え、えぇ、はい」
レオナの言葉に頷きながら、クロエは目を瞬かせた。
今度は、同じ紅茶を飲みたいって頼んでみよう。興味がないなんてとんでもない、あるって正直に……あら? 何の興味? 紅茶のことよね? それともマカロンのこと? ……いいえ、違うわね。じゃ、なんだったかしら……そうよ。ルーカスよ。でもルーカスが何に興味があるって?
「でも……そうは思えないわね……だって、今でもあの子は、あなたが来ないかと、よく見てるわよ。あの窓から」
レオナに指差され、クロエは思わず振り返った。お屋敷の二階の窓には、何の人影もない。クロエはホッとして、レオナに抗議した。
「いらっしゃらないじゃないですか」
いたらホラーよ、ホラー。超怖いじゃない。そもそも、今日はさっき会ったのだから、クロエを確認する必要もない。
しかしレオナは不思議そうに首を傾げただけだった。
「変ねぇ……ねぇ、ジェイコブ、ルーカスはどこ? あの窓にいつもいるでしょう?」
レオナが声をかけると、執事であるジェイコブは一礼した後、穏やかに首をかしげる。
「それが奥様、先ほど、お庭から走ってらしたかと思うと、部屋には戻らず、急いで飛び出して行ってしまわれました。宝石商の方へ行くのだとか……」
「宝石商? 何をしに?」
「私にはわかりかねます、奥様。考えられるのは……先日行商が来た時に頼んだ宝飾品が、お気に召さなかったのかもしれません」
「でも、まだ届いてないでしょう?」
二人の会話は続いた。
ルーカスが急いで出て行くなんて、よっぽどの事に思えるけど、きっとクロエを避ける口実だ。でも、宝石商だなんて、あの妖精の扉の宝石たちの事を何か知っているのかしら? 偶然よね?
「……申し訳ありません、クロエ様。私の愚妹が失礼をして」
突然背後から小声で話しかけられ、クロエは心臓が飛び出るかと思った。
「え? あ、えぇ、あの……」
慌てて振り向くと、それはモニークの兄だった。モニークに似た綺麗な顔が間近で申し訳なさそうにしている。なんともったないことか。
「構いませんわ。慣れておりますもの」
「そんなことはございません。我が妹のことながら、情けなく思います。差し出がましいようですが、あのような態度に慣れてはなりません、クロエ様。あなたは素晴らしい方なのですから。私は応援しております、ルーカス様がプロポーズなさったのも当然だと」
「ケネス様、僕の婚約者からお離れくださいね、近すぎませんか」
ちょっと待って、勝手に決めないでくれる? まだ誰とも婚約してませんけど?
クロエが振り仰ぐと、ルーカスがゼイゼイと息を切らして、モニークの兄、ケネスの肩を掴んでいた。ケネスが怯えたように離れ、モニークをせきたてて退席させようとした。
だが、モニークは頑として譲らなかった。そして、彼女はちらりとルーカスを見た。
それだけで、クロエにはよくわかった。
あぁ、そうなの。
モニークはルーカスに会いたかったのだ。
年々有能さと美貌が増して、それゆえ、どんどん手が届かなく感じてしまう、彼女の憧れの君に。きっとそう。自分では釣り合わないけれどマリアンヌなら、と溜飲を下げている切なる乙女心なのだ。
そう、ルーカスに……このルーカスに?
クロエは軽く頭を抱えた。
五年ぶりの会話が求婚だったり、一ヶ月間手紙を出すだけで会いにも来なかったり、会ったらクロエの頬をつねろうとしたり、それなのに唐突に去ってしまったり、宝石商へ行ったと思ったら息を切らしてかけもどってきたり、とんでもなく意味のわからない行動をする、乙女心を理解できそうにないルーカスに?
結婚したとして、クロエはルーカスについていけるのだろうか? 到底、友情以上に愛されるとは思えない……
クロエは自分の考えにハッと気づき、慌てて打ち消した。
いえいえ、まさか。プラントハンターを諦めて数年、クロエはサポート役か元締めの植物商に就きたいと思っているだけで、そこに”結婚”とか”恋愛”とか”令嬢”という文字は入ってこないんだから。
……が、そこに無理矢理ねじ込まれるように、クロエはモニークのじっとりとした視線を感じていた。
いや、だから違うんだって。そもそも、クロエには温室と庭園があればいいのだ。それに加えて、国外の植生植物の調査ができるなら、それに勝るものはない。
そうなのだ。クロエには植物のことしかわからない。だからクロエに、妖精の扉に宝石を隠したのが誰かなんて、わかるはずがない。ルーカスはどうして探偵になって欲しいなんて言ったんだろう。
クロエは急に怖くなった。
今までは違うとわかっていたかもしれない。でも事前に対策もできなかった今回は、そんなことは誰にもわからない。ルーカスがあの扉の中身を知ったら? あの扉の存在を知っているのはこの家の者以外ではクロエだけ。もう一人の幼馴染は外国へ留学中だ。この中では、よくこの家に来ていて、レオナから髪かざりまでもらったクロエが一番疑わしい。
ルーカスに疑われたら。断罪されてしまったら……