2-8.お呼びでない訴え
だがモニークは、今度はマリアンヌに反論した。
「マリアンヌ様も、恐れずにお伝えしたほうがいいですわ。クロエ様には外してほしい、と。それに、ルーカス様はあの場面で、脅されてプロポーズなさったのでしょう? 勘違いなさらないでくださいね、クロエ様。ルーカス様のお相手はマリアンヌ様に決まっておりますのに」
「最後の言葉には私も賛同いたしますわ」
クロエはようやく口を開いた。そしてため息をつくまでもなく、微かに笑った。
「お話するのはお久しぶりですわね、モニーク様。本当に、ルーカス様の気の迷いは困ったことだと思っておりますの。きっと感謝の言葉をお忘れになってしまったのよ。とりあえず言っておけば、誰でも喜ぶと思っているのかしらね」
「クロエ様」
「あ、」
しまった。言いすぎた。思わず口を挟んだマリアンヌが心配そうにクロエに目を向けた。これではルーカスが軽薄な人物になってしまう。わかってる。この口が悪いのは。
「申し訳ありません、少し……言いすぎましたわ……その、とんでもない間違いだと言いたくて……」
「クロエ様ったら……誤解なさっておりますわ。間違いでも気の迷いでもありません! クロエ様はとっても素敵です!」
言いながら目を潤ませるマリアンヌを励ますように、モニークが笑顔を向けた。
「まぁ、諦めないでください、マリアンヌ様! マリアンヌ様の方がずっと美しく優しく、そして、誰より人気がありますわ。外国の視察をお仕事とされるルーカス様にはぴったりです。私たち、応援しておりますの! クロエ様派なんかに負けてはなりません! 私たちマリアンヌ様派は、その優しさと清らかさで全てを癒すマリアンヌ様が、ルーカス様と無事に結婚できるよう、協力を惜しまない所存です!」
「モニーク! もうやめて……」
背後でモニークの兄が懇願しているが、彼女の耳には届いていないようだった。そしてマリアンヌとクロエは、目を瞬かせるばかりだ。
「マリアンヌ派?」
「クロエ派?」
何それ……?
「だったらマリアンヌ様派が優勢ですわね」
クロエは言いながら続けた。
「当然ですわ、私もですし。私、ルーカス様とは普段お話なんてしませんもの。マリアンヌ様の方が、ずっとルーカス様とお親しいですものね!」
「まぁ、ご謙遜を! 私こそクロエ様派ですわ! ルーカス様と私はお友達です。先ほどの妖精の扉のお話でますます応援したくなりましたの。それに、ルーカス様はよくお話してくださいますよ。クロエ様との素敵な思い出を。幼い頃のお茶会でのお話なんて、とてもキュートなお二人でしたわ」
マリアンヌがにっこりと笑う。何? 何の話なの? 怖いんだけど! クロエは、それは追求せずに軽く済ますことに決めた。
「そんなの、昔の話です。お互いに幼く、……友達も少なかったものですから、ルーカス様は私がいないとお茶会に行かない時があったのです。そりゃ、思い出には私がいることでしょうとも」
「まぁ、そんな自慢話を」
モニークが軽く歯ぎしりをした。クロエは少しおびえながら毅然と否定した。
「自慢ではありません。昔の話です」
「いいえ、今でもあるじゃありませんの、妖精の扉!」
マリアンヌがうふふと笑いながら、うっとりと微笑んだ。
その話をされると、さっきの悪夢がよみがえってくる。
あのネックレスが見つかったら、どうなってしまうだろう? 使用人たちが疑われるのだろうか? それとも、クロエが? クロエが盗んで、ここに置いた、そう見せかけたとしてもおかしくない。クロエの評判は悪いし、否定しても信じてもらえそうにない。
マリアンヌは……きっと信じてくれるだろうけど、他の人は信じてくれないかもしれない。
ルーカスだって。
探偵だと思ったのに泥棒だったなんて、とがっかりするのだ。
クロエは話題を変えようと、ツンとそっぽを向いた。
「マリアンヌ様、どちらにしろ、ルーカス様のお間違いなんですよ。今ではルーカス様は私になど興味はないのですから、たいした話ではありませんわ」
「まぁ、賑やかね。遅くなってしまって申し訳ないわ、クロエ様、マリアンヌ様。モニーク様は、お兄様の付き添い、ご苦労様でした」
振り返ったクロエは、思わず見とれてしまった。
堂々と会話に入ってきたのは、この屋敷の女主人であり、クロエたちをお茶会に呼んだ張本人、ウェントワース侯爵夫人レオナ・モファットだった。
彼女は、その名の通り、獅子のように明るく輝くような人柄だった。好奇心いっぱいの博識な女性で、オレンジがかった茶色い髪に強い光のある瞳、それだけで、彼女はその場を取り仕切る圧倒的なカリスマ性がある。何も語らなくても、だ。先日の事件になった薔薇も、彼女によく似合う大輪でとても美しい花だ。クロエはその花を彼女に選ぶことができた自分を、改めて誇らしく思った。
「ウェントワース夫人……」
「どうぞ、モニーク様もお席へお座りになって?」
「ご……ご機嫌麗しゅう、ウェントワース夫人。お声がけありがとう存じまず、わたくし、モニーク・アボット子爵令嬢でございます」
「知ってるわ。ご挨拶は結構よ、見てたから」
レオナの言葉に、モニークの顔がさっと青くなった。そして、クロエをキッと睨んだ。モニークの兄の顔は蒼白だ。
クロエはうんざりしたのを気取られないよう、静かにティーカップを傾けた。