表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
彼女は悪役令嬢であって探偵ではない  作者: 霞合 りの
case17.見初められた令嬢と不可抗力の探偵
157/157

ending story 彼女はプラントハンターになりたいのであって探偵になりたいわけではない

クロエ視点の小話です。


ベンジャミンもマリアンヌも帰ってしまい、また二人になった居間で、クロエは届いた荷物を開けて喜びと驚きの混じった声をあげた。


「まぁ! 最新の研究結果ですって!」


すると、ルーカスは不思議そうに顔を上げた。


「ふーん?」

「ほら! グレッグ様よ。グレゴリー・アレント研究主任ですって!」

「グレッグ? そんなに親しかった?」

「あら、ジーク様がおっしゃったじゃない。ルーにもそう呼んで欲しいって……」

「でもクロエ……」


ルーカスは不愉快そうに顔をしかめたが、クロエは聞いていられなかった。


だって、研究書よ! 憧れの! 買うととっても高いのに、献本してもらえるなんて!


「”弱い遺伝子情報の品種改良の株分けについて”……ピンクマリアンヌのような花は意外とできるんですけど、品種改良の難しい花でも、美しくてバリエーションを求められていますもの……ちょっと温室で読んできます!」

「クロエ!」


ルーカスが呼ぶのも気にならず、クロエは駈け出すように居間を出て行った。


温室のソファにうつ伏せに横になると、クロエは早速、本を開いた。パラパラと髪が本にかかるが、本を読むには問題はなかった。興味深い内容で、クロエはワクワクしながら読み進んだ。


だが、食事をした後なのが悪かった。


クロエはしばらくすると、すやすやと寝息を立てていたのだった。


夢の中で、額に柔らかい感触があった。


それは何度もふわふわと感じられ、そのうちこめかみにも移った。髪が耳にかけられ、柔らかい感触は頬にも移動していく。踊るように、丁寧に優しく、ふわふわと心地いい。


これは一体何だろう。品種改良された新しいバラかもしれない。あのベルベットみたいな美しい花びらが妖精になって、クロエに教えてくれているよう。


何よりも大切よ。大好きよ。だから心配しないで。きっと幸せになれる。あなたを愛しているわ。いつも、いつでも……


「起きた?」


ハッと目を開いたクロエが目を上げると、クロエの頭はルーカスの膝の上に乗っていた。


「よく寝ていたね」


目が合ったルーカスがクロエの頭を撫でながら、片手で本を支え、微笑んでいた。


「寝て……」

「そうだよ。何をしているのかと思ったけど、気持ち良さそうに眠ってた」

「本……」

「これ? 面白いね。本当に興味深い仕事だ。クロエはどのくらい興味があるのかな」


クロエは慌ててルーカスの手を払いのけ、起き上がった。ルーカスの視線が甘くて見上げていられない、というか、膝枕とか恥ずかしすぎる。あれだけ勇んで読み始めたのに、10ページと進まず眠ってしまうなんて。


「え? えぇ、もちろん興味深いと思ってるわ。でも、どちらかといえば、何ていうか……品種改良より分類の方が好きなの」

「分類?」

「新発見の植物の分類よ。植生と近似の植物を確認して分類して、……そしたら、進化の過程がわかったり、品種改良のヒントにもなるでしょう?」

「う……うん」


わかったようなわからないような表情で、ルーカスは相槌を打った。クロエはもちろん、わかるはずもないと思っていたが、そのまま話続けた。一から説明したくても、ルーカスは興味がないだろう。


「でも私、やっぱり植物全般の最新情報を知りたいから。だから、最先端の国立研究所のトップ研究者の著者が送られてくるなんて、嬉しくて!」

「そうか」

「ええ、だから一人で読みたかったの。……怒ってる?」


クロエはルーカスの目にかかる前髪を少しあげた。ルーカスの頬がピクリと動いた。やっぱり怒ってるんだわ。


しかし、ルーカスはすぐに優しく微笑み、クロエの腕を引っ張った。そして、自分にクロエを引き寄せた。


「いいや。怒ってなんかないよ。どうして?」

「だっていつもは、こんな風に追いかけて温室なんて来ないでしょ。もしかして……私に何か話があったのに、私が勝手に来てしまったからかしら?」

「違う……けど……まぁ、……それでもいいよ、クロエの寝顔が可愛かったから来てよかった」

「ひどいわ。勝手に膝枕なんてして」

「いいじゃないか。僕たちは婚約しているんだし、帰ったら結婚するんだし」

「最近、そればっかり」

「だって、嬉しいんだよ。結婚式をしたら休暇が取れるから、そうしたら一緒に」

「探偵はやらないわよ」

「えっ」


クロエはため息をついた。


「言ったでしょ。プラントハンターならすぐにやりたいって。ねぇ、あなたと結婚するからには、秘書にあなたを雇えるのよね? そうしたら、休暇には一緒に植物を探しに行きましょう。あなたの領地や……未開の手つかずの山なんか、特に行ってみたいわね」

「でも、リチャード王太子殿下だって、君には探偵が似合うって言ってたじゃないか。殿下のご意見はごもっともだと思わない? それに、やりたい仕事とできる仕事が違うのは、よくあることだよ」

「だとしたって……」


クロエだって、すでに諦めた前線のプラントハンターになろうとは、もう思っていない。今回の周遊で、やっぱり向いていないことがわかったのだ。クロエはルーカスのそばにいる方が楽しいし、元気になれる。もう影で見守らないで、隣で一緒に前を向いていきたい。


そうすれば、クロエは幸せだ。だってルーカスが大切だから。何よりも、誰よりも。大切で、大好きで……


クロエは思わず頬に手を当てた。ルーカスがその手を優しく包んだ。


「クロエ……頬が気になる?」

「う……ん……」

「どうして?」


優しいルーカスの声に、先ほど見た夢が思い出された。ルーカスはバラの妖精なんかじゃないのに、変ね。


「バラの花びらが……たくさん……落ちてきた」

「……バラ?」

「うん。柔らかくて優しいふんわりした花びらが落ちてきて……」


クロエが思い出してうっとりすると、ルーカスも同じくらいうっとりとクロエを見た。うっとりは伝染するのか。困ったことだ。うっとりしたルーカスはものすごく色気があってドキドキしてしまうことを、絶対に知られちゃいけない。


「それで?」

「妖精が私を大好きだって」

「あ……そう?」

「ええ。素敵な夢だったわ。バラの妖精が愛してるって言ってくれるなんて、そうそうないわよね? あら、ルーカス、顔が赤いわね」


クロエが目を瞬かせると、ルーカスは少し俯いて視線を逸らした。珍しい。


「他になんて言ってた?」

「うーん……幸せになれるよ、だから心配しないで……って、これはあれかしら。植物の女王、バラの妖精が言うんですもの、きっと私が温室に適した植物を揃えられるってことよね!」


クロエがソファから立ち上がり、跳ねるようにガッツポーズをとると、ルーカスは諦めたように同意した。


「そうだね。そうに違いないよ」

「……なんでルーカスは顔を赤くしてるの?」


クロエの言葉に答えず、ルーカスは額を押さえてぶつぶつとつぶやいていた。


「我ながら……聞いてないと思って下手なことを」

「何かあったの? 具合が悪そうよ」


クロエがルーカスの頬に手を当てると、ルーカスが恨みがましくクロエを見た。


「クロエ。僕は熱もないし病気でもない」

「そう?」


そしてふと、クロエはこんなことが前にもあったと思い出した。


「そういえば、前に庭園で……」


言いかけたクロエを遮るように、ルーカスはふっと笑った。


「いや……病気にかかってるな」

「何の? お医者さんを呼ぶ?」

「いいや。いらないよ。治療方法はわかってるんだ」

「何?」

「クロエ」

「私?」

「僕はクロエと離れたくない病にかかってる。だから、クロエがそばにいてくれないと、具合が悪くなって、頭も悪くなる」

「あら」

「ついでに、性格も悪くなって、口も悪くなるよ」

「まぁ」


自信満々に言ってのけるルーカスを、クロエは半信半疑で見つめた。


そんなこと、ルーカスができると思う?


何もしなくても、すぐに仕事モードになって、無意識に最善の力を尽くしてしまうのに?


どんな時だって礼儀を忘れないし、口が悪いルーカスなんて見たことがない。だいたい、悪い言葉なんて知ってるのかしら?


でもクロエは、こういう時の対処方法を、もう理解していた。


なので、ただにっこりと笑って、頷いてこう言った。


「そうね、ルーカス。だったら私、ずっとルーカスのそばにいるわ」


するとルーカスは少し拗ねた顔をして、クロエを優しく抱きしめた。


「早く帰ろう、クロエ。そしたらすぐに結婚式だ」





ご愛読ありがとうございました。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 凄く面白かったです。ルーカスの思いが報われて(まだまだクロエに甘さはありませんが)、良かった。 [気になる点] 国に帰ってからと、ベンとマリィのお話も途中なので、続きが気になります! [一…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ