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彼女は悪役令嬢であって探偵ではない  作者: 霞合 りの
case17.見初められた令嬢と不可抗力の探偵
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side story17-3 彼は愛おしいだけで忙しいわけではない ールーカスの誘惑ー

ルーカス視点のサイドストーリーです。

クロエのお茶会に潜入作戦です。


「マリアンヌ様が帰ってしまって悲しい?」


ルーカスが言うと、忌々しいことに、クロエは少し表情を曇らせて頷いた。


「えぇ、もちろん悲しいわ。ルーカスもそうじゃなくて?」

「僕はクロエがいれば構わないよ」

「でもベンもいないのよ。仕事ばかりで大変でしょう? 知らない人との付き合いは、あなたには難しいのだし。心を許せる友達がいると心強いでしょう」

「だとしても、クロエがいるから」


ルーカスが辛抱強く言うと、クロエはようやく顔を上げた。


「私がいるからなんなの?」

「疲れなんて吹っ飛ぶってことだよ」

「まぁ。会うだけで元気になるなら、睡眠はいらないのよ。お体はちゃんと休ませないとならないわ」


クロエが呆れた顔をする。


実際、クロエを見ていられるなら、睡眠なんていらない。


ルーカスは思ったが、口にはしなかった。理由を聞かれたら答えられる自信がないし、理性を保てる自信もない。昔のように自然に振る舞うクロエは、我慢ならないほど可愛い。


「それなら、友達だって一緒じゃないか」

「違うわよ。全然違うわ。マリィは素晴らしいじゃない」

「クロエはマリアンヌ様が好きだね」

「え? えぇ、そうね……大好き」


はにかむクロエは見ているのだけでやっとだ。ただただ、マリアンヌが羨ましい。


ルーカスはため息をついた。


☆ ☆ ☆


そして、同じ会話をまた、目の前でクロエがしていた。


「では、マリアンヌ様がお帰りになって、とってもお寂しいですわね」

「そうなんです」

「私たち、いつでもお相手致しますわ。ねぇ、みなさん?」

「もちろんです。クロエ様は本当に素敵な方ですもの」

「そう言っていただけるのは嬉しいですわ」


穏やかな会話が進んでいた。ルーカスに何も聞かれないのは当然で、なぜなら今日は、ルーカスは一使用人としてクロエのお茶会に顔を出しているからであった。


従者のギャレットには散々文句を言われたが、この国での最後のクロエのお茶会だ。何を話されるのか知りたい、クロエに気づかれないようにするからと拝み倒した。さすがにルーカスに頭を下げられれば、従わざるをえない。これまで散々大変な思いをしてきたギャレットだったが、ここでまた苦労が一つ増えた。


そして今、ルーカスは使用人達が見守る中、本人と分からない格好で、お茶を給仕していた。クロエが親しくした令嬢、五人ほどを呼んでいるが、会話は弾んで楽しそうだ。


クロエが時折、不思議そうに振り返るのが愛おしい。


「えぇ、マリアンヌ様と先日お会いしましたけど、その時も、クロエ様のことをとっても大好きとおっしゃっていて、そのお姿がとても可愛らしくて。本当のご姉妹のようで、微笑ましかったですわ」


この国での評判は悪くないようだ。それもそのはず、あの姫を結婚させたのだから。難攻不落と言われた、とびきりの美男子と。


ルーカスが仕事の合間に、休憩を削ってやり遂げてきた、新聞の調整もうまくいっているのだろう。自国はもちろん、この国においても、悪い噂が出ないように手配をした。ベンジャミンには文句を言われたが、彼だって楽しんでいたのだ。文句を言われる筋合いはない。最小限の予算で、最高の利益を上げる。今回は、どの新聞社に、どの情報を渡すかだ。


「あら? そのペンダント、マリアンヌ様と同じ形ですわね」


ワイン醸造家の伯爵令嬢、ジークリンデに言われ、クロエは嬉しそうに目を輝かせた。


「そうなんです! 縁あって、マリアンヌ様がプレゼントしてくださいましたの。お揃いのを作っていただいて……あらやだ、私ったら、まだお礼をしていなかったわ。大変。みなさん、何かいいお礼の品はありませんでしょうか? 私、こういうものに詳しくありませんの」


すると、別で知り合った詩人の公爵令嬢がうふふと笑った。


「まぁ。クロエ様は、植物のことにはお詳しいのに、それ以外のことには本当に無頓着でらっしゃいますのね」

「ごめんなさい、その節は本当にご迷惑を」

「いいえ、とても助かりましたわ」


彼女が言うのは、どこぞの舞踏会でクロエが植物話でしつこい男性を撃退した話だ。クロエは植物のことになると、夢中になって話してしまう。時に、相手に見境がなく。それがルーカスには魅力的に見える一つなのだが、大抵はそうでない男が多い。クロエが植物好きでよかったとルーカスはつくづく思う。


「そういえば。こないだは、口説いてらした殿方に、ずっと薔薇についての講釈をしておられて、私ったら不謹慎にも笑ってしまいました」


口説く? 自分がいるのに、クロエを口説くというのか?


身を乗り出しそうになり、ギャレットに止められた。うまく運べばバレても余興で済むが、今バレたら確実にクロエに嫌われる可能性が高い。


令嬢達の会話は続いた。他の令嬢がクスクスと笑った。


「あらいやですわ。クロエ様にはルーカス様がいらっしゃるのに、他の方に目移りするはずがありませんわよ」

「本当に! ルーカス様はクロエ様にいつも甘い言葉をおっしゃってますもの、多少の口説きに動じるはずがありませんわね。いつも、とっても愛おしそうに見てらして。あぁ、お二人は本当にお似合いです」


その言葉に、クロエが不満そうな声で反応した。


「ルーカス様の話ではありませんわ。マリアンヌ様へのお礼の話です」

「そうでしたわね、クロエ様」

「照れてらっしゃるのね」

「お可愛らしいわ、頬が真っ赤ではありませんの」


ルーカスは冷やかされて照れるクロエを見たくてたまらなかったが、ギャレットが目を光らせている。今ちょうどテーブルにマカロンを並べたところで、ここで顔を上げて見てしまったら、あまりに不自然でバレてしまう。クロエに恥をかかせるわけにはいかない。ルーカスは我慢したが、少し後悔もしていた。こんな平和なお茶会なら、警戒する必要もなかった。


だがこうして身分を隠して潜入できることはわかったから、今後、必要がある時には、その都度潜入しよう。クロエと一緒なら、なお良い。そうすれば、いつだってクロエを眺めることができるのだから。


☆ ☆ ☆


令嬢達が全て帰ると、ルーカスは急いで着替えて、温室で伸びをしているクロエの元へ向かった。


「クロエ。お茶会は無事に終わったね」

「ルーカス!」


振り向いたクロエは、ふわりと微笑んだ。昔からずっと変わらないのに、今でも胸が締め付けられそうに愛おしい。


「疲れたわ! でもとても楽しかった。みなさん、咲き誇る一番いい時のお花のようで、とっても艶やかで眼福でした」

「君は植物以外に例えることはできないのかい」


言いながらルーカスが抱きしめると、クロエは同じようにするりと腕をルーカスの背中に回した。昔と同じように。ルーカスの胸が幸せに震えた。


「食事も美味しかったわ。ウェントワースのデザート係は本当に優秀なのね。それとも、それだけの人をわざわざ送ってくださったのかしら。夫人のお茶会で一度食べたきりのマカロンを再現してくださるなんて……あのスミレのマカロンよ? しかも使ってくれたスミレは、この国でも最高級の」

「わかってるよ」


ルーカスは興奮したクロエの言葉を遮った。長く続くスミレの講釈はもう何度も聞いた。


「僕はよく食べてたけど、そんなに好きじゃなかった。だから、感動するのがわからないけど……気に入ったんだ?」

「えぇ、もちろん! 今回のお茶会、予算も計画も、何も口出さないでくれてありがとう。本当に、思い出に残るいいお茶会ができました」

「これで最後だけど、大丈夫?」

「えぇ。国に帰る準備があるもの。帰ったら、またすぐ別の国へいくのでしょう?」

「一応、そういう話だけど」


その前に結婚式を済ませてしまいたいけどね。ルーカスはその言葉を飲み込んだ。それを言ったら、クロエはまた騒ぎ出すかもしれない。


結婚する気になってくれたとはいえ、まだ早いと彼女は思っているようだし、しばらく婚約状態でいると思っているらしい。確かに、障害はなくなって、結婚を早める必要も偽る必要もなくなった。


だが。


ルーカスはもっと確かなものが欲しかった。婚約だって充分だが、結婚とは違う。結婚して初めて、クロエは本当の意味で自分のものだと言えるのだ。それまでは不安で仕方がない。クロエがまたいつ、家から出たいだのプラントハンターの修行をしたいだの結婚しないだのと言いだすかもしれないから。


「あぁ、楽しみ。ルーカスといると退屈しないわね」


言いながら、クロエがルーカスの手から離れた。ルーカスは思わず追いかけた。


「退屈しない生活が好み?」

「そういうわけじゃないけど……でも、ルーカスと一緒なら、退屈な生活もきっと楽しいと思うわ」

「退屈が楽しい?」

「一見退屈そうに見えるけど、突拍子もないことを言い出すから、きっと退屈しないだろうって思うのよ。いつもそうでしょう? 探偵になれって言ってきたり、突然プロポーズしてきたり、依頼を受けたり、誘拐されたり、……大変だったわ」


ルーカスがクロエの頬をくすぐると、クロエは面白そうにクスクスと笑った。なんて可愛いんだろう。


「クロエ、帰ったらすぐ結婚しよう」


しまった。言ってしまった。


「結婚って、どうやって?」

「ど……どうって?」


クロエの声にルーカスが慌てて顔を覗き込むと、クロエは不思議そうにルーカスを見つめていた。


「だって、帰国後の予定には書いてなかったわ。すぐまた出かけるのだと言ったばかりよ。結婚式をしないつもりなの? 盛大にするって言っていたのに? 侯爵家の跡取りのあなたが? 陛下との謁見だけで済ませるの? そんなことが可能なの?」


怒ってる様子はない。ただ、疑問に思っているだけのようだ。確かに、クロエの言っていることは一理ある。だが。


「嫌じゃない?」

「今更?」

「……まだ早いとか……思わないの?」


すると、クロエは少し考え込み、肩をすくめた。


「婚約するまでも早かったし、緊急措置とはいえ、結婚式だけ挙げる話だってしたわけだし、……早いも何もないわ。つまり、また周遊に行くのだから、その方が都合がいいんでしょう?」


どうやら、クロエは誤解している。これからも忙しくなるから先に済ませておきたい、とルーカスが思っているだけと思っているようだ。


「それに私は、ルーカス以外と結婚するつもりはないのだから、いつだって同じだわ」


何気ない言い方に心が躍る。ルーカスはクロエをぎゅっと抱きしめた。


「それなら、すぐに手続きをしていいい?」

「できるの?」


クロエが目を丸くした。


「わからない。でも、できるだけ頑張る」

「む……無理しないでよ? いつだっていいでしょう?」

「いつだって良くない。すぐだ」


今すぐだっていい。待ちきれない。クロエと一緒に目覚める朝が。



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