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彼女は悪役令嬢であって探偵ではない  作者: 霞合 りの
case17.見初められた令嬢と不可抗力の探偵
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side story17-1 彼は惹かれただけで理想を追ったりなどしない ーベンジャミンの当惑ー

ベンジャミン視点のサイドストーリーです。

騒動が終わって、帰る日が近づく中でのお話です。


 そろそろ、ベンジャミンとマリアンヌがルーカスたちの元へやってきてから、数週間が経とうとしていた。体調もすっかり戻り、いい加減、ルーカスたちのお世話になるわけにもいかなくなってきた。


国に帰ったら以前と同じ生活が始まる。


ベンジャミンは最近、そのことばかり考えていた。


マリアンヌとは、ルーカスやクロエを通してでないと会えないわけで、それはずっと変わらない。


ぼんやりとした焦燥感を覚え、ベンジャミンはマリアンヌに声をかけた。


「マリアンヌ様は、いつ国元へ帰る予定ですか」


すると、マリアンヌは嬉しそうに微笑み、反対に尋ねてきた。


「ベンジャミン様はどうなさるのでしょう?」


そんなに帰るのが嬉しいのかと、ベンジャミンは不思議に思いながら考えた。ベンジャミンはマリアンヌほど家に帰りたいわけではない。家族関係は良好だが、お互いにあまり干渉をしない間柄だ。外に出るのが好きで留学したくらいだし、国元に帰ることに胸を踊らせるタイプではなかった。


「そうですね……実を言うと、俺は元々、しばらく留学する予定でしたから、家族も誰かが待っていることもなく……、帰るタイミングがわからないのですよ。留学先からも事件が一段落するまでは来ないようにと言われていましてね。かといって、このままルーカスたちと一緒にいるのはお邪魔ですし、悩み中です」

「まぁ、それでしたら、あの、……ご一緒に帰国していただけませんでしょうか? 父も母もとても心配してしまって、護衛を増したいと言っているのですが、仰々しくなってしまいそうなんです。でも、ベンジャミン様が一緒でしたら、とても頼りになりますもの、いつもと同じで大丈夫だと父に言えると思うんです!」


どうも、マリアンヌは、事件の時のことをすっかり忘れてしまったらしい。


ベンジャミンがあっさり捕まった後に、安心したら倒れてしまったのを覚えていれば、”とても頼りになる”なんて、これっぽっちも思わなかったに違いない。


「……俺は戦力になりませんよ」

「大丈夫ですわ! ベンジャミン様がいてくれるだけで、心強いんです」


うふふと微笑むマリアンヌは、一瞬見とれるほど可愛らしかった。


このままそばにいられたら。


でもそれは叶わぬことだとベンジャミンはわかっていた。


 初めて彼女を見かけた時は、厄介な令嬢だと思った。誰より華やかで天真爛漫で、邪気のない優しい男爵令嬢。これ以上に、ベンジャミンの親友ルーカスにふさわしい令嬢はいなかった。親しげに話す様子も、ウェントワース侯爵夫人に気に入られる姿も、申し分ない。ベンジャミンだって、ルーカスに相談されれば一も二もなく賛成しただろう。


だが、それでは、クロエはどうなる? ルーカスが想い続け、ひたすら求め続けたクロエは? ルーカスはどうするつもりだ?


粗探しをするため、というのは語弊があったがそれに近い穿った視線で、ベンジャミンは彼女を観察し、噂を拾い集めた。だが、彼女は天真爛漫さに口を滑らせることはあっても、それ以外は、何もかもが理想的だった。しかも、初めて言葉を交わした時、マリアンヌは何の疑問もなく、ルーカスとクロエを応援していると言ってのけた。まるで一度もルーカスを対象としたこともない、と言った風に。


そうだ。理想的。誰もが求める令嬢らしい……


違う。ベンジャミンは求めない。地味で持参金の高い、もっと爵位の高い令嬢が必要だ。必要なのだ。


自分には、彼女はふさわしくないし、逆もまた然りだ。彼女は自分ではなく、優しくおおらかで、彼女のために惜しみなく愛情と金を注ぐような貴族がふさわしい。


道が違うのだ。


だが、今だけなら。今、国に帰る前の、この瞬間だけなら。


「それは光栄ですね。でしたら、ぜひご一緒させてください。お帰りになる前に、お土産でも確認しに行きましょうか」

「まぁ! それは素敵ですわ。何がいいのでしょう?」

「クロエの名前を出せば、ワインが安くなりますよ」


そうやって、ちょうど、ベンジャミンがマリアンヌを誘って、出かけようとしていた時だった。


「わーん、マリアンヌ様!」


居間のドアが開き、クロエが出てきてマリアンヌに抱きついた。


「まぁ、どうなさったんですか?」


振り返ったマリアンヌの声に、ルーカスが被せるようにクロエを呼んだ。


「クロエ、ごめん! 失言だった! 僕が悪かったから!」

「一体……」

「ルーがケルベロスフラワーをバカにしたのよ! ひどいわ!」

「まぁ! それはひどいです!」

「だから私、温室でお茶を飲むわ! ケルちゃんと一緒にお茶にする!」

「私もご一緒してよろしいですか?」


するとクロエは目をパチクリとさせて、ベンジャミンとマリアンヌを交互に見た。


「……予定があるのでは?」


ベンジャミンは思わず、クロエをじっと見てしまった。二人の姿はとても微笑ましい。でもきっと、今、それを愛でている心理状況ではなかった。せっかく誘ったのに。今しかないのに。


クロエが居心地悪そうに身をよじった。そして、視線を向けて訴えてきた。


『私、応援している二人の時間を横取りするつもりはないわ』


クロエは穏やかに微笑み、そのまま退散しようとしてくれたが、マリアンヌは前のめりでクロエに同調した。


「いいんです! 私もケルちゃんのことは大好きですもの」

「……ありがとう?」


いいの? と言いたげに、クロエが目を向けてきたが、ベンジャミンはあっさり諦めた。


無理無理。もうだめだ。ベンジャミンこそ、二人の邪魔をするつもりはない。クロエにできた大切な友達を、そして、マリアンヌがようやく掴んだ友達を、長く見てきたベンジャミンが喜ばないわけがない。


「まぁ……そういうところよ、ベンジャミン」


クロエが残念そうに呟いた。知らないよ。何がだよ。


ふと見ると、マリアンヌはすでに温室に行く気満々で、すでに向きを変えていた。ベンジャミンとの約束もすっかり忘れてしまった様子だ。そういうマリアンヌらしさが、微笑ましく、そして疎ましい。


「どこまでもご一緒します! あの、それで……お願いがあるんです」

「何かしら?」

「私のこと、その、マリィって呼んでくださいませんか」

「マリィ……」


またクロエがちらりとベンジャミンを見た。


別に? 特別感があるからって、羨ましくなんてないけど?


「えぇ、ごく親しい者だけが呼んでくれていて、……今まで、家族以外には誰にもお願いしていなかったんですけど……クロエ様には是非、呼んでいただきたくて。こちらに呼んでいただいてから、帰る前にお願いしようと思ってたんです」

「まぁ……とっても嬉しいわ! 是非、……マリィ。私のことも、敬称なんていらない、クロエでいいのよ。私、あなたをいじめる悪役令嬢だなんて言われて、初めはとってもあなたのこと恨んだりしたの……でもあなた、とっても可愛いから! 大好きよ! 今日からまた、新しくお友達ね」

「はい……あ、うん! そうね、クロエ」


ホッとしたように笑顔になったマリアンヌを見れば、ベンジャミンはさらに何も言えなかった。心から許せる友人と思っても、距離を縮めるのはすごく難しいことを知っているから。


ベンジャミンにとってその唯一の友人、ルーカスがマリアンヌに慌てて釈明しに向かっていた。すでにクロエに言うのは諦めたのだろう。


すると、クロエが近づいてきて、こそりとベンジャミンに囁いた。


「ベン……」

「何」


嫌な予感がする。


「帰国までに思いを伝えておくように言ったじゃない」


クロエの言葉に、ベンジャミンは思わず顔を背けた。


「俺は……そういうんじゃないし。好かれてるわけじゃないし」


胡散臭そうにクロエはベンジャミンを見、肩をつついた。


「それなら、ダメ元でプロポーズでもしなさいよ。まだ余力があるなら、告白から始めてもいいわね。ちょっとずるいけど、『あなたの気持ちが俺に向いてくれたらプロポーズします』的な?」

「あのな……」

「あなたはもうちょっと考えたほうがいいわ。今だって、マリアンヌ様とどこかへ行くんだったんでしょ? あなたがね? 誰のことも贔屓しないあなたが。国元にいないから? それだけなの? 違うでしょう、マリアンヌ様だから一緒にお出かけするんでしょ? もっと主張した方がいいんじゃないかしら」

「でも、マリアンヌ様は君が……」

「ねぇ、私がどうこうより、あなたがマリアンヌ様をどう思うかよ。あなたの気持ちを彼女は知らないのよ。それでいいの? 私はあなたがどんな人か知ってるわ。だから言うのよ。他の誰でもなく、マリアンヌ様だから、ご一緒したいんだって、一度くらい素直にそう言ってみてよ。もう国元に帰ってしまうのに」


そして、クロエはため息をついた。


「あぁ、あの時こそ、マリアンヌ様の窮地を救うためだとかごちゃごちゃ言ってないで、本気でプロポーズしてしまえばよかったのに。ぐずぐずしているから……姫様に引きずられちゃうし……まぁ、いつか、そのうち……マリアンヌ様に見合う人になったら」

「クロエ、おま」

「何よ? なんでそんなに怒ってるのよ」

「クロエは俺に対して口を慎んだ方がいい、本当に」


きつい言葉を言ったつもりだったが、クロエはニコニコとしている。さぞかし怒りの形相になっているだろうに、クロエのことだ、なかなか見てて面白い、とでも思っているんじゃないだろうか。これでは、もっとベンジャミンをいじめてくるに決まってる。絶対に。


「まぁ、ごめんなさい、自重するわ。そんなに女性慣れしてないなんて思わなかったの」

「うるさいな」


これ以上からかうなら、と言いかけて、マリアンヌがクロエのすぐ後ろにいることに気づいた。


「クロエ様?」

「あら、マリィ! もう敬称はつけないでって言ったじゃない」

「そうでしたわね! クロエさ……クロエ!」


二人ともものすごく嬉しそうだ。


クロエがマリアンヌの腕をとりながら、話を続けた。


「この際、ベンのことも親しみを込めて呼ぶといいわ。ねぇ、ベン? ベンジャミンがいい? それともベンジー? ねぇ、ベン、ベンでも構わない?」


振り向いたクロエに、ベンジャミンはしどろもどろに返事をした。


「……ベンなら……一番言われ慣れているから……」

「そうね、それなら呼びやすいわね!」


言うと、クロエはマリアンヌを連れてさっさと行ってしまった。


「ねぇ、マリィ。ベンはマリィをどう呼べばいいの?」


とクロエがマリアンヌに尋ねた答えは、ベンジャミンには届かなかった。


ものすごく気になるんだが。


「ひどい」


様子を見ていたルーカスが笑った。


「あはは」

「クロエってそういうとこあるよね」

「でも僕は、そういうクロエが好きなんだ」

「知ってるよ」


敵わないな、本当に。


自分を知っている幼馴染なんて、付き合ったってろくなことがない。


ベンジャミンはため息をついた。


それでも彼らが歩む未来を見届けたいだなんて。




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