17-5.生けどりにしたい
「クロエ様!」
その明るく輝くような声は。
「まぁ……マリアンヌ様!」
「ご無事で……あぁ、良かった、ベンジャミン様!」
マリアンヌがベンジャミンに抱きついた。
「一体どうなさったの? 博士は……」
「それがね、博士のところに行こうとしたら、王宮の騎士たちがいらしてたの」
すると、マリアンヌの背後からやってきた騎士たちが、揃って頭を下げた。
「申し訳ございません。男爵がこのようなことを企んでいたとは知らず、取り返しのつかないことを」
「い、いえいえ」
「我々の失態です。狙われるかもしれないと王太子に指摘され、万全の態勢で向かっていたはずだったのに」
すると、ルーカスは彼らの肩に手を置いた。
「頭をあげてください、騎士殿。山奥のことですし、まさか、元々そのつもりだとは思っていなかったでしょう。そういう面で、僕たちも甘かったんです」
「ですが……」
「あなたたちの処分は望んでおりませんから、何かあったら口添えしましょう」
「そ……それはありがたいことですが、しかし、……そうではありません、閣下。我らは処分されてしかるべきです。ですが、この場では指揮をとらせていただくことをご了承下さい」
「もちろんだ。頼んだよ」
ルーカスがしっかりと頷き微笑んだ。騎士たちがキラキラした目でルーカスを見る。
相変わらず、人の心をつかむのが上手なこと。
クロエは呆れながらその様子を見ていた。すると、ルーカスはくるりとクロエに向き、満面の笑みを浮かべた。
「ね! クロエもそう思うよね?」
「え? えぇ、うん?」
ルーカスは戸惑うクロエをぎゅっと抱きしめ、うっとりとクロエの顔を覗き込んだ。
「クロエだったらきっとこう言うなと思ったんだ。僕は思ってないけどさ」
そんなこと言われたら、聞きたくないけど気になる。
「……ルーカスは本当はどう思ってるの?」
「え? 僕はいいけどクロエをこんな目に合わせて死ねって思ってる」
「周囲を確認してまいります!」
騎士たちがルーカスの最後の言葉に被せるように言うと、バッと駆け出した。その後ろ姿に、ルーカスが緩く声をかけた。
「よろしくお願いします」
怖がらせるようなことをして……クロエは慌てたが、それ以上に伝えねばと声を張り上げた。
「あ! 見つけたら、生けどりですよ!」
クロエが言うと、騎士たちはギョッとして振り向いた。
「殺しちゃ駄目ですよ! 生けどりです! 絶対に罪を償わせるんです!」
プリプリしながら言うクロエに、彼らは曖昧に笑って、行ってしまった。
「なんであんな返事なの?」
クロエが文句を言うと、ルーカスが笑った。
「君が言いそうにないからだろうよ。そんなに綺麗な格好してるんだ」
そういえば、お茶会の服のままだった。
小さな小屋のあかりの中で、真っ赤なドレスは大輪の花のように美しく映える。あまりに場違いだった。よくこれで乱闘できたとクロエは自分を心で褒めた。
ベンジャミンに抱きついていたマリアンヌは、そんなクロエを見て微笑んだ。
こんな山奥に綺麗なドレスを身綺麗に着た令嬢がいて、それを着ているのが、生粋の美しい令嬢であれば、心酔しそうになる。騎士たちの曖昧な笑顔がそれを物語っている。クロエがあまりに綺麗だからだ。しかもルーカスを思いのままに操って。
彼らの気配がなくなると、小屋の中はしんとした。
「君は……本当に、常に気を引いて、引き止めておかないと、どこかへ行ってしまいそうだ」
ルーカスがクロエをそっと抱きしめた。
どこかって、どこへ行くというの? ルーカスのそば以外に、行きたいところなんてないのに。
クロエはルーカスの腕の中でつぶやいた。
「私には全部話すって言ったのに……」
「あー……」
「嘘はつかないって言ったのに」
ルーカスは慌ててクロエの顔を覗き込んだ。
「ごめん。何かするなら、だったろ? 王宮からの警備はさ、保険だから」
「でも、危なかったじゃない。そのせいで捕まったんでしょ?」
「違うよ、多分。王宮のことは、あまり関係ないと思う。僕は恨まれているみたいだったから」
「何を?」
クロエは首を傾げた。
「僕らを捕まえた奴らが言ってたんだ。二人も令嬢をはべらせて囲って、羨ましい限りだって。おかげでこっちは結婚相手もいないってぼやいてたらしい。それで、密猟者を捕まえただろう。あれは僕のせいだということになってるらしいよ」
なぜよ。