17-4.彼らの失態
「何をしてるの? この山の生態系を崩すようなこと?」
ベンジャミンが頷いた。
「自分の山を解放するなら、まだ良かったよ。彼らがしているのは、他の領地への誘導なんだ。密猟者を分散して、とりすぎないように他の領地に潜らせる。その代わり、自分の山を荒らさず、通行料と案内料をとる。そうやって財産を増やしていたんだ」
「まさか……でも感じのいい方だったわ」
「でも、こないだまで落ちぶれかけていたらしいんだ。俺たちをいたぶってくれた部下が言うには、彼は外面はいいが、プライドが高くて権力に媚びるタイプだそうでね。現男爵の亡き妻は、体が弱くておとなしく、彼が無理に結婚した相手だった。優しい方だったそうだが、使えないとさんざんこき下ろして、亡くなってしまったそうだ」
「まぁ……そんな人には……」
クロエは驚きに口元を押さえた。そんなことをする人には思えなかった。
「そんなの、わからないさ。俺たちだってこうして遊びに来たんだから。近場で、割と裕福らしい男爵から招待状が来た、ってだけで喜んで遊びに来たんだから」
ベンジャミンの言葉に、クロエへは顔を上げた。
「本当に?」
「あぁ、そうさ。もちろん、密猟者のことは常に頭にあったよ。男爵は関係なくても、いつだっているからね。でも、ま、王宮から警備をつけてもらえていたからさ、油断してた」
「警備って?」
「知らないの? あれから狙われやすくなるんじゃないかって、マルギット姫とエマヌエル殿下が心配して、警備をつけてくれたんだ」
クロエが思わず顔を向けると、ルーカスは不機嫌に口を挟んだ。
「でも結局、僕たちは拉致されて、クロエたちは監禁され……てないな」
最後に視線をクロエに戻し、ルーカスは複雑そうな顔をした。クロエは男爵を思い出し、さらに複雑な気持ちになった。
「男爵はお優しかったわ。確かにいろいろ気にかけてくださったけど、私たちが拒否しても怒らなかったし、歩き回っても何もおっしゃらなかったわよ。食べ物もいろいろ手配してくださったし、丁寧で……奥様をいじめたりするようには……」
でも見かけがそうだからといって、実際にどんな人であるかわかるわけじゃない。
クロエだって悪役令嬢だし、マリアンヌだって天使のような令嬢と言われ、ルーカスは完璧な跡取りで、ベンジャミンは出世欲の強い腰巾着だ。でも実際は、普通の令嬢と令息で、悪役でも天使でも完璧でも腰巾着でもない。友達が大切で、守りたいだけだ。
ベンジャミンは肩をすくめた。
「まぁ、クロエもマリアンヌ様も、典型的な令嬢だし、いかにも規定の範囲内で動きそうだ。まさか、監視の目をくぐって屋敷を抜け出すなんて、思ってもみなかっただろう。……マリアンヌ様は?」
ベンジャミンがクロエを見た。あ。そうだった。言ってなかったわ。
「それが……」
「屋敷に? 一人で? クロエがいるから大丈夫だと思ったのに」
「ベン、落ち着いて」
「いや、落ち着いていられるか。安全の保障なんて、クロエがここにいる時点でできてないじゃないか。それなのに、マリアンヌ様が」
今にも部屋を飛び出して行きそうなベンジャミンを押さえ、クロエは叫んだ。
「違うの! マリアンヌ様は、博士のところへ行ってもらったわ」
「博士?」
「ハンジ・キルシュシュタイン博士の研究所よ。私はアノンに連れてきてもらって」
「あぁ、あの博士か。アノンって?」
「テプラの民の女の子よ。あなたたちを襲ったのはテプラの民で、ここを見張っていたのは男爵の部下なんでしょ? アノンは、このグループとは違っていて、丁寧に生きている人たちなの。でもあなたたちがさらわれたのを見て、私に教えに来てくれて」
「テプラの民? ……なんで君が知ってる?」
ルーカスが会話に入ってきた。
「だって、えーと、……私が風邪を引いた日、あったでしょ? あの時、泉で会ったの。私が泉に落ちたのを助けてくれたから、お互いに黙っていようってなって、私を見かけて」
「どういうこと?」
そして、クロエに笑顔を向けた。これ、怒ってるやつ。
「えーと……それはもう、後で説明するから! とにかく、アノンは私に教えに来てくれたの。あなたを見たことがあったから」
ベンジャミンがクロエとルーカスの間に入って、会話を引き取った。
「よくわからないけど……テプラの民の子に助けてもらって、ここへ来た、と」
「そう。私たちを助けるために、危険を冒して伝えに来てくれたの。信じてもらえないかもしれないのに」
「今はどうしてるんだ?」
「自分たちの仲間に危機を知らせに行ってる。彼女たちとは違うグループが雇われていたみたいで、彼らが彼女たちに罪をなすりつけようとしてるっていうから。それでも彼女、私を助けてくれるつもりだったのよ。とてもいい子なの……」
クロエが必死で言い募ると、ルーカスは優しくクロエの頭を撫でた。
「別にテプラの民だからなんだと思ってはいないよ、クロエ。俺だって貴族間の話を鵜呑みにするほど、世間知らずじゃない」
「よかった」
「それより、マリアンヌ様は」
ベンジャミンが言った時、小屋の扉が開いた。