17-3.不穏な目覚め
「……ルー」
背筋がぞくりとするような甘い声で呼ばれ、ルーカスは我に返った。いや、ここはどこだ。押し倒すとこだった。
「あ……ベンジーの縄を解かないと」
ルーカスが慌てて手を離すと、クロエも気がついて顔を真っ赤にして俯いた。
「そ……そうね、お願いしていい?」
「う、うん、もちろん」
ルーカスはわたわたとベンジャミンの元へ向かい、縄を解き始めた。
ギクシャクしたまま、クロエはルーカスの背中に声をかけた。
「大丈夫だった?」
「クロエこそ……さすが、強かったね」
「ルーカスは嫌にならない?」
「何を?」
「あんな風に人を脅したり、銃を振り回したり……令嬢らしくないでしょう?」
「そうだね、確かに。でも僕は令嬢らしい人が好きなわけじゃないからね。クロエだから好きなんだ。今も、クロエを好きで良かったと思ってる」
「助けてもらえたから?」
「違う。かっこ良かったから。僕の好きな人がすごくかっこ良かったから、……惚れ直した」
ルーカスが振り返って微笑むと、クロエは眉をひそめた。
「……あなた、目が悪いんじゃない?」
「そう? 誰よりもいいと思うよ。少なくとも、クロエの魅力に気づかなかったベンジーよりはね。こいつがライバルでなくて本当に良かった」
あなたが奇特なのよ、とクロエは思ったが、それを言うのは避けて、ルーカスに微笑んだ。
「ベンはそんなんじゃないわ。昔から、よく気がつく人なの。いつも……私がルーに秘密にしてたことだって、ベンはすぐに気がついちゃうんだもの」
「秘密?」
「えっ……あの、うん、大したことじゃないんだけど」
「教えてよ」
「ダメよ」
「いいだろう? 言わないとキスするよ。それとも、……言ってくれたらキスする方がいい?」
何よそれは……クロエは頭がこんがらがってきた。
その混乱を落ち着かせてくれたのは鋭い声だった。
「いちゃついてんじゃないよ」
「あ」
振り向くと、ベンジャミンがうんざりした顔でこちらを見ていた。クロエは慌ててルーカスから離れた。
「体を起こしてくれ、ルー」
「いいところで」
「お生憎さま、まだ終わってないからね」
「そうだけど」
ルーカスがため息をついて手を貸し、ベンジャミンは自分の手の感触を確かめながら起き上がった。
「遊びに来ただけなのに、ルーカスが婚約破棄を求められるとはね、驚いた」
クロエは思わず口を挟んだ。
「……何それ?」
「俺たちを拉致した男たちが雇った方は、クロエとルーカスの婚約破棄を求めたんだ。そうしないとクロエを強制的に手篭めにするぞってな。そしてルーカスを亡き者にするって。ルーはまだ説明してなかったんだ?」
「クロエは今来たばかりだぞ。そんな時間はない」
「そうは思えないけどね。随分楽しそうにしてたじゃないか。最初、ここが監禁場所だって気づかなかったくらいだよ」
「悪かったよ、ベン。すぐに起こせばよかった。でもクロエは一人でここに来たんだ。そして、外にいた奴らもここで伸びてる奴らも、彼女一人で倒したんだ。それどころじゃない」
ベンジャミンが目を丸くしてクロエを見た。
「クロエが? 本当? そりゃ……すごいな」
「これはプラントハンターになるために必要な技術だったのよ。それにね、令嬢だと甘く見られるから、先手必勝で畳み掛ければうまくいくって、師匠が」
「なるほど。そりゃ、クロエを欲しがる訳だ。でもどうかな、手篭めにできるかな……?」
「できないし、させない。僕だって、折を見てクロエと同じことを、奴らにするつもりだったんだから」
「ま、成功しただろう。俺が起きてれば。悪かったな、そのチャンスを逃して」
「構わないさ。無事に帰れればね」
何はともあれ、話すのは戻ってからでいいだろう。クロエはベンジャミンの体を確認した。顔色は悪くない。怪我もしていないようだ。
「ベン、体は大丈夫?」
「あぁ」
「それなら早く、男爵の家に戻りましょう」
「ダメだよ、クロエ。男爵家には戻らない。子息も一緒だったはずなのに、ここにいないのは変だと思わない?」
「そうね……そうだわ」
「どうしてだかわかる?」
「……この誘拐を……仕組んだのが、男爵だから?」
「そういうことになる」
ベンジャミンが頷いて話を続けた。
「どこにいらっしゃるの?」
「別の、もっと快適な部屋で過ごしてるらしい」
そんな場所、見つけられなかったけど……クロエは首をかしげながら、ベンジャミンが話すのを聞いた。
「俺たちはどうやら、元々そのつもりで遠乗りに呼ばれたらしい」
「そのつもりって?」
「拉致監禁」
「どうして?」
「たぶん……密猟」
「密猟って……この山で? でも、そんな気配なかったわ」
クロエは山の雰囲気を思い出そうとしたが、静かで、木々のざわめきもなかった。
「うん、そうなんだ。俺も……噂は聞いたことがあっただけで、確信はない。でも、おそらくあたりだ。この山だとは思わなかった」