16-6.行方不明
部屋に戻っても、落ち着かなかった。部屋は贅沢だったが、それを楽しんでいる暇もない。
もしかして遭難してる? それとも、思いがけない怪我や、崖下へ落下したとか? でも三人もいて、従者も連れているのに、誰も帰ってこないなんて、変だわ……
クロエが考えている間に、どんどん日は暮れ、ついに、外は真っ暗になった。
マリアンヌも部屋で不安に思っていることだろう。
クロエがマリアンヌを訪ねていこうと部屋を出ると、ちょうどマリアンヌも部屋を出たところだった。
「マリアンヌ様」
いつもは健康的でピンク色に輝く頬が、今は青白い。
「クロエ様。私、不安で……」
「えぇ、わかるわ。一緒に待ちましょう」
「なかなか帰ってらっしゃいませんね……」
「えぇ……どこへいらしたんでしょう」
二人は静かに寄り添いながら、屋敷を歩き回った。
しばらくすると、玄関の扉が開き、誰かが駆け込んできた。
「旦那様!」
クロエとマリアンヌが慌てて玄関ホールを覗くと、泥だらけの男性が、男爵を呼び続けていた。男爵子息の従者だ。男爵が駆け寄ると、彼は男爵に跪き、頭を下げた。
「申し訳ございません!」
「何があったんだ?」
「ご子息とお客人お二人が、……拉致されました……!」
「何ですって」
クロエが叫ぶと、男爵が振り返り、慌ててクロエたちに駆け寄ってきた。
「あぁ、レディに聞かせる話ではなかったのに」
「いいんです、知りたがったのは私です。まぁ、マリアンヌ様!」
マリアンヌは卒倒し、クロエにぐったりと寄りかかった。
「ベンジャミン様……」
小さく呟く声が痛々しい。クロエは男爵に顔を向けた。
「マリアンヌ様をお部屋にお願いします。それで、探索の手配はできているのですか?」
「は、はい。もちろん、これからいたします。我が息子と、テンバリー卿、ティラドス卿、全ての命を必ず見つけ出して帰らせます」
「ギャレット……ギャレットは? それに」
「従者たちは皆戻ってきております。かなり疲弊しててひどい傷を負っていますが、無事です。すぐに医師に治療に当たらせます」
「そうですか……よろしくお願いいたします」
従者は戻ってきている……いったいどうなってるの? 重傷なら、従者から話を聞くのは無理だわ。
クロエは使用人にマリアンヌを渡すと、そのあとを追いかけた。
男爵は山を管理しているのだから、危機にはそれなりに慣れているだろうから、任せよう。山には密猟者も流しの山賊もいる。それに、テプラの民だって、あの少女のように優しく親切な子ばかりではない。
こんな時に、こんなところで、何もできないなんて。
クロエは歯がゆく思いながらも、マリアンヌを安心させることができるのは、今は自分しかいないことを知っていた。
三人の命が助かることを祈るばかりだ。
マリアンヌをベッドに落ち着かせると、クロエは気もそぞろになり、庭園へ足を向けた。
屋敷はバタバタと忙しなく人が動いている。出かけられる使用人は出払い、こちらも手薄だ。何かあったら、クロエとマリアンヌも無事では済まない。
男爵は一緒に居てくれると言ったが、不安で落ち着いて座っていられなかった。手厚く色々と気を使ってもらっているのに、応じられない自分が申し訳なく感じた。
その時、暗い闇の向こうから、木の葉の擦れる音がした。
クロエはとっさに身を低くし、鋭く声をかけた。
「誰?」
すると相手は、静かに顔を見せた。途端に、クロエは気が抜けて立ち上がった。
「あなた……」
「覚えてる?」
その人物は、透き通るように白い肌と黒い髪の少女だった。”定住地を持たない民族”テプラの子だ。
クロエは思わず駆け寄り、彼女の頬や腕をペタペタと触った。
「テプラの民の……? まだこの辺りにいたの? 怪我は? お姉さんは大丈夫? 赤ちゃんは?」
すると、クロエのおさわり攻撃をやんわりと阻止し、少し安心したように笑った。
「……やっぱり……あんたじゃなかったんだ」
「何が?」
「ううん。信じてよかった」
クロエは不安に襲われ、彼女の顔を覗き込んだ。
「……何か心配事があるの? 顔色が悪いわ。体調が悪いとかだったら、私が今借りている屋敷で休んでも構わないわよ。適当に言い訳するから。ここからちょっと遠いし、もちろん、あなたたちにとって快適かはわからないけど……」
彼女は首を振った。
「違うよ。ありがとう。あのね、……あたしたちじゃないの、信じてくれる?」
「何を?」
「あの時、あんたを迎えに来た男、いただろう? 髪がセピア色で、へろへろしてて。でもあんたを心配してた。あんたの大事な人だ」
クロエは首を傾げた。
「ルーカスのことかしら。えぇ、いたわ」
「あいつを山で見た」
「本当? 見間違いじゃなく?」
「あぁ。あたしたちは目も記憶力もいいんだ。あいつで間違いない。今、いないんでしょ?」
彼女の言葉に、クロエは頷いた。
「いないわ。拉致されたって……」
「あたしたちじゃない。でも、同じテプラの民だった」
「え?」
「あんたの大事な人をさらったのは、テプラの民なんだ。でも、あたしたちじゃない。信じて」
彼女の目は真剣だった。あの時、泉で見た瞳と同じだ。
「信じるわ。教えて。どこへ行ったか知ってる?」
「山奥の……今は使われていない、研究用の山小屋だよ。多分……何人かいる」
クロエは頷いた。彼女はクロエを騙したりしない。彼女もクロエを信じてくれたから。
「えぇ、三人連れ去られたの」
「性別は?」
「男性」
彼女は頷き、口の中で確認するように話した。
「三人……わかった」
「早速男爵に」
クロエが屋敷に戻ろうとすると、彼女がクロエの腕をとった。