2-6.帰りたい
マリアンヌはクロエの様子に全く気付かず、楽しそうにはしゃいだ。
「ルーカス様もずっと社交界にお出にならなかったんですよ! だから誰も聞けなくて……ですから、お二人でご相談なさってると思っておりましたの。ね、一体いつなんですか?」
ずっと黙っていてくれて良かったのに。クロエはため息をついた。
「何も……決まっておりませんわ、マリアンヌ様」
「何もって?」
「実はお手紙を頂いたそうなのだけど、届いてなくて……私はそのお手紙に何が書いてあったのか知りませんので、話がどうなっているのか、わかりませんの」
あの様子からすると、クロエを探偵にするために、独身主義を打ち破る予定らしいが、そんなの間違っている。
そうよ。独身主義のルーカスを振り向かせることができるのは、可愛らしくて賢い、マリアンヌ様だけよ。
大体おかしいわ。マリアンヌ様はルーカスを好きなんじゃなかったの?
「お間違えに気づいたのかもしれませんわ」
「まさか。間違いって?」
「お相手を間違えたってことです。マリアンヌ様の方がお似合いですもの」
クロエが言うと、マリアンヌはコロコロと笑った。
「嫌ですわ、クロエ様。それはありえません。私たち、クロエ様大好き同盟ですのよ。随分と前から。ですから」
「聞いてないわ」
「お伝えする必要なんてありませんでしょう? 分かり切ったことですもの。もしかして、……知りませんでしたの?」
何言ってるの? 大好き同盟?
「知らないわ! 私が何て言われているかご存知? 悪役令嬢よ?」
「クロエ様、それがただの汚名だってことは、私たちは知っておりますわ。それに、私の失敗をいつも助けてくださるのはクロエ様ですもの。注意してくださるのもクロエ様だけです。おかげで、多くの不文律のルールを知ることができました。ルーカス様もクロエ様を大切に見守りなさって、感心してらっしゃいますわ」
確かに、ルーカスは『違うことを知っている』と言っていた。でもそれは、クロエが探偵をしたいと思っていると勘違いしているだけだ。
見守っていたのならどうして。クロエが探偵になりたいと思うなんて、考えたんだろう? プロポーズなんてしたんだろう?
「マリアンヌ様……あの……」
クロエは言いかけて、肩を落とした。
マリアンヌに嫌な思いをさせたくない。彼女の笑顔が曇るととても悲しくなる。
ルーカスがクロエとの友情の情けで”結婚”を与えてくれようとしていることなど……結婚に憧れているだろうマリアンヌが聞いたら、がっかりしてしまうかもしれない。クロエは友情でも、きっと愛を感じるのはマリアンヌだから……ルーカスのためにも、何も言わないでおくべきだ。
「……きっと、お茶会の準備が出来上がっておりますわ。移動しませんこと?」
「えぇ! いいですね。その時にお聞かせくださるのですよね?」
さっきの話を? それとも探偵の話を? 一体、どこからどこまで話せば?
いやだぁ。
帰りたい。
一転して足がすくんだクロエだったが、行かない選択肢はないのだ。諦めて、とぼとぼとマリアンヌの後を追いかけたのだった。