side story15-2 彼は噂好きなのであって真偽には興味がない ーとある新聞記者の思惑ー
クロエたちが不在の間、国で新聞を書いてる記者の視点です。
ハイルズ王国ゴシップタイムズ・社交欄
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あなた方は、悪の字のつく令嬢を知っているだろうか。
今までも悪名高い令嬢はいたが、現在、最も有名なのは、C・T令嬢だろう。
彼女はもともと、美人だが聡明ゆえに、男どもからは苦手とされていた。プライドが高く、笑顔もなかなか作らない、難攻不落の令嬢だと言われていた。
だから、彼女と噂があったL・M令息には、気の毒だと同情票が上がっていた。
ここで、L殿について説明をしよう。
L殿は社交的な方ではなく、他人との交流が希薄だ。でもその美貌と存在感、出会った時の会話の親しみ深さが人気を呼び、彼はいつだって引っ張りだこだ。
L殿は、C嬢とは幼い頃から家族ぐるみで付き合いがあり、幼い頃はよく遊んでいたという。筆者も見かけたことがあるが、ごくごく普通の友人達といった印象だった。
だが、C嬢が社交界に出るようになった頃から、世間体もあるためか、一緒にいる姿はあまり見かけなくなってしまった。その中でも、C嬢はL殿に思いを寄せ、アプローチをしていたという。
だが、彼はそれ以上に令嬢からお誘いがあり、噂のC嬢といつまでたっても婚約すらしないことから、ガセだと噂も流れ、それが令嬢たちをさらに加熱させていた。
そんなある日、名乗り出る令嬢を押しのけ、いきなり婚約者候補に躍り出た令嬢がいた。M・C令嬢だ。可愛らしくどんな令嬢より清純で無邪気で、何より、L殿と一緒にいてもひけをとることがなかった。
C嬢はというと、その頃には、ほとんど一緒にいるのを見かけなくなった。そして、あのL殿が唯一、親しげに話す令嬢だということが、それを決定づけた。
M嬢に劣ると考え、そしてまた、彼女自身を信奉する令嬢たちが、彼女をL殿のお相手に太鼓判を押した。C嬢は納得がいかないが、M嬢ならいい、というわけだ。
それは男性たちも支持した。同じくM嬢は無理だが、お相手がL殿ならば、溜飲が下がるし、その上、他の令嬢たちがL殿を諦めてくれる。社交界はこの線で安泰だと思われた。
だが、そこで、妙な事件が増えていく。
まずは噂だ。C嬢がM嬢をいじめているというのだ。
さては、安泰だと思っていた自分の地位が危うくなったといじめて遠ざける作戦か? と、さもありなんだったが、その割に、C嬢とL殿の母親とは交流が続いていた。危険な令嬢を締め出すはずだが、もしかしたらそれはガセなのかもしれない。
そう感じていた時、C嬢とM嬢は、突如、事件に巻き込まれ始めた。
もともと、小さな諍いのある社交界だ。
お茶会や舞踏会でも、嫌味の応酬あり、肘鉄の戦いあり。服を汚されたり、まずいものを食べさせられても、笑顔で話すこともある。だが、家のものに手を出すことはあまりない。それゆえ、その話は目立った。そして常に、C嬢は自分もM嬢も犯人ではないと弁明し、逆に犯人を当てているのだ。
非常に興味深い。
そして、巻き込まれそうになった家の令嬢たちが、もれなくC嬢を支持するようになった。もちろん、L殿の婚約者としてだ。M嬢とともに巻き込まれるのはおかしい、なにか企んでいるのではないかと。だが、M嬢も被害者なのにそれはおかしいと、ここで、M嬢派とC嬢派で派閥ができるようになった。
そしてある日、仰天する出来事が起こった。
なんとL・Mが、C・Tにプロポーズしたのだ。しかも『まだ資格が残っているのなら』なんて、意味深な言葉を放って。
一度C嬢にふられたとでもいうのか? なんて面白い! あのモテモテのL殿が!
さらに面白いことに、C嬢はなぜかその場で承諾しなかったのだ。待ち望んでいたプロポーズのはずなのに、なぜなのか、さっぱりわからない。
周囲がしばし固唾をのんで見守った結果、L・MとC・Tは無事に婚約した。婚約式を行ったが、決定から非常に早く、何が起こったのか誰にもわからなかったくらいだ。もしかしてC嬢が妊娠でもしたのかと、あらぬ疑いをかけるところだった。
だが、それは違っていた。L殿が父の侯爵の仕事を代行するため、外国周遊へ向かうのに同行するためだったのだ。
その婚約式は、本当に見事だったという。短期間に準備されたとは思えないほど、伝統的で完全なものだった。決して派手ではなく、手を抜いてない、由緒あるものだ。これで、C嬢の面目は保たれたのだった。
印象的だったのは、その後、見かけた二人の姿だった。
整った顔立ちで冷たい印象もあるL殿と、美人でそっけないC嬢。なんとも味気ない二人に思え、社交するしかない周遊は失敗に終わると思われた。
一度だけ、出立するまでの立て込んだスケジュールをぬって、舞踏会に出席した。
それは見る者を圧倒した。
まず、C嬢の付けている豪華なパリュール。瞳に合わせたアイスブルーの宝石がキラキラと輝いていて、それは見事だった。その上、それはL殿の五年分の思いの結晶だという。なんともロマンティックな話ではないか。
そして、その夜会ドレスは同じくアイスブルーで、白いレースとL殿の瞳の榛色のレースが縁取りにふんだんに使われ、とても華やかだった。
その上、C嬢のその表情ときたら。
いつもの意地悪に感じるツンとした表情が和らぎ、とても美しかった。一緒にいる相手が違うとこんなに違うのか? おかしい。魅力的だと感じたことのない令嬢が、ここまで綺麗に見えるとは。さすが婚約したL殿の効果は抜群である。
彼女たちが出てくるまで批判していた令嬢たちが、ぴたりとそれを止めたのが印象的だ。
その原因は、L殿にもあった。
衣装は彼女のアイスブルーを取り入れた洒落たスカーフを使い、同じ宝石のカフスボタンをつけていた。それは堂々たるもので、男女問わず息を飲み、見とれてしまう。
そして、その視線の甘いこと。
いつもその冷たい印象のL殿が、その日は信じられないほど優しく微笑み、C嬢を見つめているのだ。熱い視線で。どの令嬢も、その瞳で見つめてもらいたいと懇願することだろう。ことによっては男だって思うくらいだ。
だが肝心のC嬢は、いつものことなのか、その視線に気づかないのか、それがどれだけ特別なことなのかわかっていない様子で舞踏会で挨拶をする。
互いにうっとりと視線を絡めあうような場面もなく、そそくさと挨拶して、必要な義務は終わったら、帰りましょうといった態度。
いやいや、そこは、自慢の婚約者殿と踊るでしょう! と周囲が思ったところで、本人たちにそのつもりがないのなら仕方ない。むしろ、二人には必要ないのだ。
きっと、L殿が彼女にメロメロなのは、C嬢にとって特別なことではないのだから。
忙しい中、立場上でなければならない舞踏会で義務を果たしたのだから、文句を言われる筋合いもないだろう。
だが、我らは主張したい。
C嬢がL殿に送る熱い視線を見てみたいと。
もう少し時間があれば、ラブラブの二人を見ることができたのに、と!
彼らが出立してしまった今、我が国のどこであってもその姿を見ることはできない。帰ってきたときには、そのラブラブっぷりを見せていただけるものだと、固く信じて疑わない筆者であった。
その時に、真実がわかるはずである。
C嬢は本当に、悪役令嬢なんだろうか?
筆者は今後とも、噂の二人を注視していこうと思っている。
Fin.
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こんなものか。
わかる人にはわかる、C・Tはクロエ・ソーンダイク令嬢、L・Mはルーカス・モファット令息、M・Cはマリアンヌ・クラーネ令嬢。
「……どう?」
彼が尋ねると、新聞社の同僚は頷いた。
「いいね。さすが、社交界に参加できると話題に事欠かないな。社交欄に載せるんだろ?」
「そうさ。落ちぶれ貴族の唯一のお楽しみだ。今一番、話題の二人だからね」
「でももう、周遊に行ってしまって二ヶ月以上経つのに?」
言われ、彼は首を横に振った。
「いやいや。先日、大量のワインやお菓子がソーンダイク家に送られたって。加えて、貴重な植物がモファット家に。もちろん、十分なワインとお菓子を添えて。それをいい感じに彼らは配ってくれてね。人気は急上昇中さ。しかも、国外取引にも影響を及ぼしてる」
「何?」
「どうも、彼女の助言で、現在周遊中の国のワイン用ぶどうの肥料を、大量に取引することになったらしい。しかも、大口じゃなく、地味だけの品質の良い、しっかりした経営のところさ。外国に宣伝する余裕などなかったところだ。おかげで、品質をキープしながら新しいことにも挑戦できると諸手を挙げて喜んでいる」
同僚は考え深げに唸った。
「なるほどなぁ……ウェントワースの若様は、そういう令嬢を選んだってことだな。見た目のいい、可愛いだけの令嬢じゃなくってさ。恋愛と結婚は違うんだなぁ」
「……そうか? 一度見たけど、どちらかというと、若様の方がベタ惚れって感じしたけどな」
「まさか! あの悪役令嬢だぞ? 闇新聞の方でネタに上がってる、ガチな方だぞ?」
「でもなぁ……ガチって言っても、所詮は噂だもんよ。わかんねえもん」
彼が肩をすくめると、同僚は彼に原稿を渡しながら首を傾げた。
「いやぁ……でもあの天使令嬢をフって悪役令嬢をとるか? 全然わからねぇよ」
「そんなもんさ」
「しかし……これを本人たちが見たら、いやだろうな」
「まさか。見るわけないさ」
だから書いたんだ。
ただ胸の内で思ってるだけじゃ、飽き足らなくて。吐き出したくて。
別に言わないけどね。
クロエ嬢がルーカス殿に見せた笑顔があまりに綺麗で見とれてしまったとか、仕方ないなぁって言ってそうな優しい雰囲気に一目惚れしてしまったとか、そういうんじゃない。
生まれて初めてルーカス・モファットが羨ましいだなんて、思ってないけどね。
次の16は、また新しい展開になります!
よろしくお願いします。