15-7.王太子からの復讐
会場を出ると、一気に肩の力が抜けた。
「あぁ……疲れた」
「バレてたな」
クロエが呟くと、ベンジャミンがすぐに突っ込んだ。
「……電撃一目惚れか」
「だから何よ」
「あのリチャード殿下の言葉、今日中に、会場にいたみんなに伝わるぞ」
「言葉って?」
「『私は君の婚約者殿には頭が上がらないな』」
「あ!」
リチャードのやろう。だがそんな暴言を吐くことなど許されず、クロエは口を閉ざした。
「どうしよう」
うろたえたクロエに、ベンジャミンが肩をすくめた。
「どうしようも何も……国賓として帰ればいいさ。国に」
「何よ。ベンだって」
「いや、俺は何も言われてないも同然だから。本国ではなんの評判もない」
「ひどい」
「当然の結果だね」
「ベンを助けてあげたのに」
「俺のためじゃないんだろ? マリアンヌ様のためだって言ったじゃないか」
「あなたのためでもあったでしょ?」
クロエが言うと、ベンジャミンは言葉に詰まったようにクロエを軽くみやった。思わずクロエは泣きそうになって、ベンジャミンに訴えた。
「でも知ってるでしょ? 私、本当はこういうこと、好きじゃないのよ……だから、私にさせないでちょうだい。お願いだから」
するとベンジャミンは困ったようにため息をつき、クロエの頭に優しく手を置いた。彼の小さな妹になった気分。
「……悪かった。クロエのことは信じてるし、迷惑とは思ってない。もう心配させないよう、俺も腹をくくるよ」
ベンジャミンが素直に謝るなんて驚きだ。天地がひっくり返るんじゃないだろうか。
「や……約束よ」
「わかった」
本当にわかってるのかしら? クロエが驚いていると、ルーカスがベンジャミンの手を払い、クロエを自分に引き寄せた。
「それじゃ、ベンジー。クロエは返してくれるかな」
「ふん。嫉妬は醜いぞ、ルーカス」
「もう終わったんだから、クロエの時間は僕のものだ。だろ?」
「ルーったら……」
「ほら、行こう」
クロエがたしなめる前に二人の会話は終わり、ルーカスはクロエを優しく引っ張った。クロエもそれに引きずられそうになったところで、どうも、マリアンヌの様子が気になった。
少し俯いて、少し哀愁の漂う横顔は、儚げでとても放ってはおけない。
クロエは足を止めてマリアンヌに声をかけた。
「マリアンヌ様、どうなさったの? 具合でも? お腹が空いている?」
「いいえ、クロエ様」
微笑みながら、マリアンヌがそっとクロエの手を取った。
「ありがとうございました、クロエ様。本当に……何から何まで」
「よしてください、マリアンヌ様。これは恩返しなの。いつも私を信じてくれてありがとう」
「まぁ! だってクロエ様は誠実な方ですもの! お話すれば、誰にだってわかりますわ。ねぇ、ベンジャミン様?」
「あ、あぁ、……そうだね。君は最初から、クロエが正しく評価されてないと憤慨していたから……殿下の言葉は、ことさらに嬉しいだろう」
「もちろんです!」
マリアンヌは嬉しそうに頷いたが、その割にすっきりした顔はせず、もじもじとクロエに何か言いたそうにしていた。
クロエは首を傾げた。
「ねぇ、本当に、どうなさったの?」
「きっと、少し……寂しいんですわ、私」
「まぁ。いったい何があったの?」
やっぱり、ベンジャミンのせいかしら?
クロエが心配でマリアンヌの顔を覗き込むと、彼女はクスリと笑った。
「何もありませんの。今まで、クロエ様からは、噂でみなさん離れておりましたが、もう噂は間違いだとわかってしまいました。国に帰ったらきっと大人気になりますわ。今はたくさん私ともお話いただけますけど、その時には私とお茶をしていただける時間なんて、きっとなくなってしまいます。そう思うと……少し、寂しいのです」
「何を言うの! いつだってあなたは一番のお友達よ。ルーカスよりずっと私のことを応援してくださいますもの。いつもとっても励みになるんです。あ、でも、私が一方的にそう思ってるだけで……」
「嬉しいです、クロエ様。一番のお友達……私もそう思っていいですか?」
「もちろんです! 国にいた頃は、お茶もできませんでしたが、今後はたくさんお茶会をしましょう。ピクニックや街歩きもいいわね。ね、ルーカスにベン、時々は、あなたたちも一緒でもいいわよ?」
クロエが急に話を振ると、ルーカスはにっこりと微笑んだが、ベンジャミンは不安そうに目をそらした。
これは時間がかかるわ……
クロエがため息をつくと、ルーカスは再び、クロエの腕を優しく引き寄せた。
「二人の友情に水をさす気はないよ。いつも一緒にいたいと言ったけど、僕はクロエと二人きりの方がいいな」
空気読んでよ。四人で行こうってなれば、マリアンヌが嬉しいでしょう?
クロエは思ったが、考えてみれば、ルーカスはマリアンヌの気持ちを知っているのかどうか、よくわからなかった。知っていれば、協力してくれるだろうか? ベンジャミンが頑張ればいいと? でもルーカスだってマリアンヌに協力してもらったはずなんだから、できるはずだわ。
クロエが検討しているうちに、気がつくと、クロエはルーカスと二人で歩いていた。背後にはマリアンヌとベンジャミンが無言で歩いている。
クロエがふと隣に顔を向けると、ルーカスはうっとりとクロエを見つめていた。クロエの視線に気づくと、彼はクロエの耳元で優しく囁いた。
「いろいろ聞きたいことはあるんだけど、……今はクロエを優先するよ。クロエのしたいことに、僕も付き合う。何したい? 明日は? どこか行きたい? 王宮には明後日までいる予定だけど、すぐに帰る?」
正直、眠りたい。リチャード殿下に言われたこととか忘れて、ただ計画が成功したことだけ祝って、一人でベッドに潜り込みたい。できればマリアンヌと祝杯をあげたいけど、それは我慢する。
ルーカスに連れられてどんどん先を歩くと、ふと背後で、マリアンヌの声がした。
「ベンジャミン様! あの、……あの」
「なんでしょう、マリアンヌ様?」
クロエが振り向くと、マリアンヌが勇気を出して、ベンジャミンを見上げていた。
「お部屋までご一緒しても……よろしいですか」
マリアンヌの勇気が微笑ましい。散歩しませんかとか、二人で話しませんかとか、いろいろお誘いはできたのに、勇気を振り絞ってそれだ。なんてジリジリするのだろう。本当、見守りたい。
きょとんとした後、ベンジャミンはふわりと笑った。
「えぇ、もちろんです」
そのベンジャミンが返した笑顔があまりにも甘く……クロエは目のやり場に困り、思わずルーカスに抱きつくようになってしまった。
すると、自分に甘えたくなったと勘違いをしたルーカスに、散々甘やかされるという不名誉な羽目になったのだった。
cese15 END
次は、サイドストーリーが二つあります。