15-5.運命の出会い
「あら……」
説得の効果、頑張れ!
マルギット姫の目がリチャード殿下に釘付けになる。そう。シチュエーションに弱いひめさま。理想を追っているひめさま。そして。
「あなたは……」
ぽかんとしたリチャードの瞳が、驚きに揺れている。そうとも。マルギットの外見は、可憐で清楚、あくまで美しい、一目惚れの要素をこれでもかと蓄えた人なのである。しかも、優しい意志の強い瞳を持っている。アニエスのように。
「大丈夫ですわ。自分で歩けます」
ハッと我に返り、マルギットは慌ててリチャードの腕から離れ、歩き出した。だが、よろよろと歩きづらそうだ。
「グスタフ! ちょっと! あなた、護衛騎士なのに何やってるのよ!」
「申し訳ございません、ひめさま」
「姫?」
「私はマルギット・フォン・シェリング、この国の姫です。名も名乗らず、気安く話しかけないでくださらないこと?」
「それなら……私は隣国の王太子、リチャード・ハイルズです。あなたこそ、私に感謝すべきですね」
ピタリとマルギットの足が止まった。
「……まぁ……お兄様のお友達の?」
「そうだが」
あくまで平静を装った声だったが、今、リチャードの目は期待に満ちていた。だが、その前にマルギットがフライングした。
「運命ですわ……!」
「は……?」
「わたくし、運命の方に出会ってしまいました!」
「……運命?」
やった!
クロエが思わずガッツポーズを取ると、ベンジャミンがクロエの頭に両手を置いた。
「お前……なに企みやがった」
「あらやだ。何も?」
「だが」
こんなところでもめたら最悪。クロエが思った時、救世主のようにマリアンヌが顔を見せた。
「クロエ様?」
「マリアンヌ様、うまくいきましたね! ありがとうございます!」
クロエがマリアンヌに抱きつくと、ベンジャミンは全てを察したように、唸った。
「何をしたか想像つくよ、クロエ……」
そして、ため息をついて、マリアンヌの頭を撫でた。
「マリアンヌ様が無事でよかった」
あらやだ。緊張が解けて自分が何をしているかわかっていないみたい。マリアンヌが頬を染め、ベンジャミンは思うままにマリアンヌの髪を梳いた。
「私が危険な目に合わせると思う?」
「いや、でも」
恥ずかしさに耐えられず、クロエが呆れた口調で言うと、ベンジャミンは言葉を濁した。クロエはそのまま、話を畳み掛けた。
「だいたい、これはね、マリアンヌ様のロイヤルウェディング回避なのよ。ベンのためなんかじゃないんだから。姫はこんなことなくても、きっと他に素敵な方ができるだろうし、誰からも愛される優しい方なんだから、正直、ベンの相手にはならなくてよ?」
すると、マリアンヌがしょんぼりとベンジャミンを見上げた。
「私たち、迷惑でしたか?」
「いや……その」
可愛い! 可愛すぎる。クロエは心の奥で叫んだ。こんなの一瞬でほだされるでしょう。違うの? 何ためらってるの? だってあなた、もともと大好きなんだから! ……言葉を飲み込んで、クロエが拳を握っていると、もう一人分、影がやってきた。
「いい加減、クロエを独占するのは終わりにしてくれない?」
「ルーカス」
「あと、ベンジー、文句を言うのは構わないけど、計画に乗ったのは僕もだからね。むしろ、実行犯は僕だ。文句は僕に言ってくれ」
「どうして」
「クロエがベンジーとマリアンヌ様ばかり構うからさ。早く僕のことも考えて欲しい」
ベンジャミンがため息をついた。
「ルーカス……お前ほどクロエに愛されてる男はいないよ。だからもう俺のことは放っておいてくれ」
「そんなこと、できるもんか。ベンジー、君は僕の親友で、大事なビジネスパートナーだ。君に暗い顔をさせたくないし、不本意な結婚もさせたくない。それに君が一緒に国に帰ってもらえないと、困るからね」
「う……」
「それとも、こんなことに協力したくらいで、僕の地位が揺らぐとでも思ってる? そんなことさせないよ。だから大丈夫さ。リチャード王太子殿下とだって、僕は仲良くなったよ?」
「……わかったよ」
二人が話している間、クロエは全くその話を聞いていなかった。自分の計画がうまくいったのが嬉しくて、他に気が回らなかったのだ。
「電撃の……運命の……一目惚れの……勝利!」
クロエがガッツポーズを取ると、三人が驚いてクロエを見た。
「何? リチャード殿下が、やっぱり違ってたって怒ってる? それとも、マルギット姫がベンジャミンもはべらかしたいと言ってる?」
すると、ルーカスが悪戯っぽく微笑んだ。
「ベンジーが、僕ほどクロエに愛されてる男はいないって」
クロエは首を傾げた。
「そんな当たり前の話……」
言いかけた時、グスタフが駆け込んできた。
「ここにおられた! すぐにいらしてください、ベンジャミン様、クロエ様」
「え?」
「姫様がお呼びです。お話があるそうで」
「わかりました。すぐまいります。……あ、この二人も一緒でもいいかしら?」
「ええ、もちろんです。すぐにご案内します」
「いきましょう、みんな」
クロエがグスタフを追いかけてすぐにかけていくと、慌ててベンジャミンとマリアンヌがそのあとを追いかけた。ルーカスが一拍遅れて三人の行く先に目をやった。
「当たり前って?」
だが、その質問の答えはなかった。仕方なく、ルーカスはすぐにあとを追いかけたのだった。