2-5.妖精の扉
マリアンヌの言葉に、クロエは思わず笑顔になった。
「あら! こんなところに」
「知っておられるんですか?」
「妖精の扉だわ」
「妖精の扉?」
首を傾げたマリアンヌに、クロエはしゃがんで”妖精の扉”を開きながら説明した。
「ええ。庭のお飾りです。壁や茂み、木のうろなんかにつける、小さな扉です。ほら、可愛いでしょう。妖精がやってきて、幸せになれるというジンクスがあるんですよ」
「素敵」
今開けた扉は、ただ木に打ち付けただけのものだった。開けても木の幹が見えるだけだったが、閉じればそこに夢は広がっていた。
「遊びに来ていた小さい頃、ルーカス様がよく作ってくれたの」
「まぁ。ルーカス様が?」
「えぇ。今では考えられないくらい、いろいろやってくださったんですよ。庭のあちこちに作って、もう一人の幼馴染、ベンジャミン・クールと一緒に、宝探しをしてくれました」
クロエが懐かしく思いながら話すと、マリアンヌは面白そうに目を細めた。
「お可愛らしいですわ」
「懐かしいです……あぁ、あそこにも」
クロエは久しぶりに幼かった頃を思い出し、足早に小さな扉にかけて行った。ここは木のうろにつけてあり、ルーカスはよく、中に砂糖菓子や小さなおもちゃを入れてくれた。
さっきは、ルーカスはなんで離れて行ってしまったのかしら? せっかくマリアンヌが来たのに。
クロエは唸りそうになるのをこらえた。ルーカスは目下、クロエの悩みの種だ。
あの人のことを考えるのはやめよう。懐かしい思い出に思いを馳せるのよ。
「花だったこともあったっけ……」
クロエは思い出しながら、なんとなく扉を開けた。何もないと思っていたその中には、見ごたえのあるものが鎮座していた。
「……何かしら?」
見覚えのある箱に思わず手に取ると、それはやはり、ジュエリーハウスの箱だった。
誰かの忘れ物?
思いながら、クロエがこっそりと確認してみると、何と、きらびやかなネックレスが入っていた。ダイヤモンドにアイスブルーの宝石、繊細で優しい印象のそのネックレスは、そこらで買えるものじゃない。
クロエは驚いて、ネックレスを慌てて箱に戻し、扉を閉めた。
入っていた箱は一つじゃなかった。どれだけあるかはわからないけど、かなりの額になりそう。
見覚えがあるのは当たり前だ。この髪留めと同じジュエリーハウスじゃないの。
いったいどうして? 侯爵夫人が作り置いたものを、誰かが盗んだのかしら。そんなばかな。この屋敷の使用人は、みんな誠実な人ばかりだ。幼い頃から通っていたので、よく知っている。そのはずだけれど、急に不安になった。本当は違うのかも。泥棒が中にいるのかも?
クロエは急に他人が手のひらを返すように去っていくのを知っている。いい人だと思っていた人が、本当は悪事を働いていたという事態は、何度も経験している。
だとしたら、ここでもそうなのかもしれない?
それとも、誰かがまた、ウェントワース侯爵家のスキャンダルを狙っているの?
情報が足りないわ。いったいどうしたらいいだろう?
「クロエ様! こちらにもありましてよ。素敵なお花が咲いていましたわ」
「そうなの?」
気づかれていなかったのにホッとして、クロエが見に行くと、マリアンヌが小さな扉の前でニコニコしていた。
「何のお花かしら?」
「スズランですわね」
「クロエ様はお好きなの?」
「えぇ、……好きですわ」
「それならきっと、ルーカス様がお植えになったのね。クロエ様のイメージにぴったり!」
……毒を持ってるからかしら?
クロエが首をかしげると、マリアンヌは微笑んだ。
「とってもお可愛らしいです」
あなたには負けますけどね?! クロエはそう突っ込みそうになったが、かろうじて笑顔を作った。
「どこがでしょう? マリアンヌ様の方がよっぽどお似合いですわ。ルーカス様も……マリアンヌ様をご案内するつもりだったのでは……」
「どうしてです?」
「だって、ルーカス様はマリアンヌ様とよく散策なさってるし、仲がよろしいでしょう?」
「まさか! だって、ルーカス様は先日、クロエ様にプロポーズなさったではありませんか!」
マリアンヌが目を輝かせて言った。
「もう! クロエ様ったら! 先ほどもそのお話をしてらしたのでしょう? 言ってくださるのを待ってたのに、待ちきれなくて私から言ってしまいましたわ!」
クロエは言葉に詰まった。忘れたかったのに。
「婚約式はいつなんですか? 私、早く招待状が来ないかって、心待ちにしているんです!」