15-3.ついに決行
クロエとマリアンヌは無事にバルコニーに立っていた。休憩室から庭に出る時に通るバルコニーで、そこは静かだった。
「もう一度確認するわ。いいかしら? ルーカスが殿下をこっちに連れて来ますから。そうしたら私、殿下の悪口を言うわね。適当に返事して。殿下はそういう時、見逃したりしない方だから、きっと話しかけてくださるでしょう。そうしたら私が話すから、あなたはこっそりグスタフ様の方へ行って、しばらくしたら舞踏会場へ向かうように伝えて。侍女に伝えてくださるはずよ」
「そんなこと……やってくださるのでしょうか?」
マリアンヌは不安そうにクロエを見た。クロエは明るくマリアンヌを励ました。何度かやっているので、相手が受けてくれるかどうか、クロエにはだいぶわかる。心配しなくてもいい。
「大丈夫、ベンは大変そうだって侍女さんたちも思ってるみたいよ。ひめさまが我が国に嫁ぐなら、何の問題もないわ。現在はリチャード王太子は評判がいいし、マルギット姫にはその妻になる器がある。いろんな方に聞いたけど、いい案だとおっしゃってたもの。とにかく、愛されるというのは大切なことよ」
「でも……」
「大丈夫。ベンは姫を好きなわけじゃないから。あの方は素敵な方だけど、好みではないみたいよ」
クロエが言うと、マリアンヌは意を決したように頷いた。
「わかりました」
「頑張りましょう、マリアンヌ様。ロイヤルウェディング回避ですよ」
ガッツポーズをしたクロエに、マリアンヌは同じように腕を上げて微笑んだ。
そうこうしているうちに、話し声が聞こえた。
「あ、来たみたい」
クロエは気配を感じながら、まるで知らないように話し始めた。
「ね、そう思いますわよね? 全く我が国王太子殿下ときたら、この歳になるまで、どなたとも噂になっておりませんのよ」
「そうなんですか……」
「お話ししたことなんてありませんが、きっと、随分と性格のよろしくない方なんでしょうね。私、婚約していて良かったですわ」
「はぁ……」
ほらどうだ。導入はバッチリでしょう? 悪役令嬢の話術を聞くと良い。
「マリアンヌ様もそう思いません? 実際、どれだけのことができているのかなんて、わかりませんわよね? 尻拭いをする羽目になるのは嫌ですわ。そんなの、こちらだって願い下げですわよねぇ?」
「失礼、君は……クロエ・ソーンダイク嬢だったかな」
早い。もっといろいろ準備したのに。
舌打ちしたいのを抑え、クロエはここぞとばかり、優雅に振り向いた。
「まぁ……お会いできて光栄ですわ、リチャード王太子殿下……ですわよね? 申し訳ありませんわ、先ほどご挨拶いたしましたのに、お名前と顔がなかなか一致しなくて……私の頭が悪いんだと思うんですけど、何しろ、ご自分の伴侶を見つけて幸せに過ごしてらっしゃる、アレク第二王子様の方が印象に残っておりまして……ええ、不思議ですわね」
クロエがちらりと振り返るとマリアンヌがいなくなっていた。約束通りだ。素晴らしい。
「私が、王太子らしくないと?」
「そんなこと言っておりませんわ。そう聞こえましたら申し訳ありません。ですが、本当に、私のルーカス様の方って素晴らしい方なんですのよ! 殿下より素敵なのは当たり前ではないかと……ちょっと身贔屓でしたかしら。お恥ずかしいわ!」
クロエが頬を赤く染めて恥ずかしがると、リチャードの眉がピクリと動いた。