15-1.想像違い
クロエは目の前の光景に思わず目を見張った。
あのベンジャミンがモテている。色鮮やかな令嬢達に囲まれて、しかもそれをあしらっている。
シェリング王家の王太子、エマヌエル・フォン・シェリングの誕生日に開催される舞踏会は、華やかに始まっていた。クロエも謁見したが、マルギット姫は支度に手間取って、まだ会場に姿を見せていない。いつものことだとエマヌエルは笑う。
そして当然ながら、クロエたちは本国の王太子、リチャード・ハイルズにも挨拶を賜った。
初めて間近で見たリチャードは、クロエがそれまでの調査で考えていた、彼自身の性格の偏重を、華麗に叩きこわした。電撃一目惚れを理想としているようには見えない、理知的で几帳面で、真面目な人に見えた。端正な顔立ちは、むしろ、そんなロマンティックな場面を鼻で笑いそうなくらい、堅物に見えたのだった。
恐ろしいわ……本当に大丈夫かしら?
でも逆に、だからこそ、そんな憧れを持ち続けているのかもしれない。
とはいえ、それに思いを馳せる時間もなく、クロエは思いがけないベンジャミンのモテっぷりに目がいってしまったのだった。
「わぁ。いいもの見ちゃった」
クロエは後でからかってやろうと、その姿を見ながら、ベンジャミンについて考えを巡らせた。
確かにベンジャミンは肩書きはいい方だし、友好国の出世頭だし、これから先も豊かな収入が見込める。狙わない手はないだろう。特に、王太子の誕生日会に呼ばれているのだ。マルギット姫絡みとはいえ、姫の他愛ない恋の噂は広がっていて、ベンジャミンでなんと五人目だという。また変わる可能性も高く、そうなれば、”姫のお気に入り”の称号が与えられるだけ。これはもう、間違いなし。
クロエの知っているベンジャミンは、非常に社交的で、気安く、誰に対してもするっと懐に入っていける奇特な人物だった。人気はあったが、必要以上に女性に囲まれていた記憶がない。情報を得ることや接待以外の目的で、女性と接したことがあったのだろうか。それでも人気はあったのだから、不思議なものだ。
本国では、ルーカスとともに男性と一緒にいることが多かった。考えてみれば、”ルーカスの腰巾着”を利用して、面倒ごとを避けていたのだろう。さすがに他国では無理だから、できる範囲で笑顔で応えているようだが、かなり距離を置いて、いわゆる”つれない人”の典型になっている。
だがそもそも、ルーカスとともに行動していたのだ、それくらい上手くて当然だ。
だからって、本当に手に入れたい相手にまで気を使う必要はないのに。そうしないと、離れていっちゃうぞ。マリアンヌだってずっと待ってるわけにはいかないのだ。だが、ベンジャミンがそれすらも当然と思っていることに腹がたつ。
面白がってじっと見つめれば、ベンジャミンは逃げるように視線を逸らした。
今日の計画だって満足に話せていないのに……ベンジャミンをマルギットから引き離すのは、グスタフに頼んでいるから、きっと大丈夫だろう。勝手に計画されたのは怒るだろうが、聞く耳を持たないばかりか、話をする状態にも持ち込めないのは自分のせいだ。やきもきするがいい。
クロエがため息をつくと、男性に声をかけられた。
「御機嫌よう、クロエ・ソーンダイク令嬢。先日は失礼いたしました」
「まぁ! モニーク様のお兄様ですわね。えぇと」
「ケネスです」
「そうそう、ケネス様」
名前を忘れそうになっていたことを、不愉快そうな態度も見せず、ケネスは嬉しそうに笑顔を見せた。
「直接お祝いを言うことができず気になっておりました。テンバリー卿とのご婚約、おめでとうございます」
「まぁ、ありがとうございます。今回はどうしてこちらに?」
「ウェントワース卿からのお達しで、その……ご子息が……愛しの婚約者様とのご旅行で浮かれ過ぎ、うつつをぬかさずきちんと仕事をしているか、確認してくるようにと」
困ったような、面白がるようなケネスの口ぶりに、クロエは少しだけ不安がよぎった。
信用されていないのか……いや、もしかしたらルーカスがあまりにきちんとやりすぎて、不安になっているのかもしれない。それとも、ただ面白がっているだけなのかも。今のケネスみたいに。
「えぇと……ご公務はしっかりなさっていてよ」
「えぇ、確認してまいりました。どこでも友好的に、それ以上に、好意的に受け止められており、報告するにも筆が軽いです」
「それは良かったですわ」
「特に、ご婚約者様の評判がとてもよろしいですね」
「……ん?」
「全てを追いかけてまいりましたが、お話を伺うと、あなたの話をとても楽しそうになさりましたよ」
全部聞いてきたっていうの……クロエはゾッとしたが、ケネスの言ったことには疑問を持った。
「婚約者の評判って?」
「もちろん、ソーンダイク令嬢、あなた様のことです」
「……私? どうして?」
「非常にお優しく、これからも交友を深めたいと、嬉しそうに話していただきました」
「まぁ……ルーカス様の評判は?」
「もちろん、テンバリー卿の評判は素晴らしいですよ。仕事も完璧で、冷静で優雅、失敗もリカバリーでき、他の人には寛大で、協力しあえる。次世代として、実に信用できる方だと、絶賛されています」
「それなら問題ないではないですか。私の話など、いりませんでしょう」
「いいえ、大事ですよ。その話題には必ず、『ソーンダイク令嬢が選んだ方だから』という言葉がお入りになるので」