14-8.『電撃一目惚れ計画』
ついに明日が舞踏会の日だ。
クロエは丸一日部屋にこもり切って、ようやくまとめ上げた計画書を手に、ルーカスの部屋に飛び込んだ。
「ねぇ、ルーカス!」
机に向かっていたルーカスが、飛び跳ねるようにしてこちらを向いた。
「あのね、思いついたのよ! 殿下と姫様なの!」
クロエは興奮して、計画書を掲げながら訴えた。
「いろいろ調べたら、我が国の王太子殿下の好みって、姫様にぴったりなの! ど真ん中なのよ! だからきっと、出会えば殿下は惹かれるはずよ。それに、第二王子の兄上ですもの、似ているって評判だったわよね? 覚えてる限りではものすごく整ってたから、王太子殿下もきっと整っておられるはず。姫様だって、きっと許容範囲だと思うわ。だからね、容姿は互いに充分にいけるはずよ。あとはロマンチックなきっかけさえあればいいんだと思うの。それにはやっぱり、殿下のためにも、”電撃一目惚れ”のポイントが必要なのよ。それはもう、こっちで演出すればいいと思わない? ね、王太子と姫を惹かれ合わすの! そうしたら、マリアンヌ様もベンもどっちも解決よ! どう思う? すごいいい計画だと思わない?」
テーブルに駆け込んだクロエは張り切って言い終えたが、ルーカスはただぽかんとクロエを見ていただけだった。
「……クロエ?」
「何、ルー?」
「クロエ……?」
不思議そうなルーカスの声に、そこで初めて、クロエはルーカスが机に書類を広げていたのに気がついた。
「あら、いやだわ。仕事中だったわね。ごめんなさい、出直してくるわ」
帰ろうと身を翻すと、ルーカスがポツリとつぶやいた。
「怒ってないの?」
クロエは驚いて振り向いた。ルーカスは非常に困惑した顔でこちらを見ている。
「何が?」
「僕のこと、怒ってなかった? ここ三日僕を避けてたし、でも明日は舞踏会だし……どうやって謝ったら、君に許してもらえるんだと……、もう僕には飽きてしまったのか、諦めたほうがいいのかって、禿げそうなほど悩んでいたんだけど」
「そうなの? そうだったかしら、ギャレット?」
クロエは尋ねたが、ルーカスの従者、ギャレットは頭をひねって苦しそうに答えた。
「えぇと……そうですね、喧嘩をなさっていたようには見えたのですが……女性心理には詳しくなく……私には少し、難しいことのように思います」
つまり、クロエはルーカスと喧嘩別れをしていたということだ。
二人に言われてみれば、クロエはルーカスに怒ったような気もする。ベンジャミンとマリアンヌのことを大切に思ってないのか、とか。言ったような。
このことだったのか。何か忘れてる気がしたのは……あのあと起こったことで、本当に、すっかり忘れていた。
焦りから疲れたルーカスに憤ってしまったことを、クロエは謝罪するべきだったのに。
「そ……そうだったかもしれないわね……でももう、怒ってないわ。それに、私も悪かったの。ごめんなさい。ルーが疲れてるのに気づかなかったんだもの。あまり疲れたって言わないから、なんでもできるって思ってしまって……でもそうじゃなかったわね。一緒にいるとわからなくなってしまうんだわ。ちょっと前までは、距離があったからかしら? なんだかそのほうが、もっとあなたのことをよくわかっていた気がするわね。ところで」
クロエはため息をついて流そうとしたが、ルーカスは真剣な顔でクロエに訴えた。
「国に帰って……結婚しても、僕と一緒に暮らしてくれる?」
なぜだろう。ルーカスは全く別の話をし始めてしまった。クロエは早く計画の話の続きをしたくてうずうずしていたが、こちらの話をまともに聞いてもらえなくては大変だと、クロエは付き合うことにした。
「……別居婚する予定だったっけ?」
「ううん。違う。けど……距離があった方がいいみたいなことを言うから」
「あら。ごめんなさい、そんなつもりなかったの。一緒にいると、それだけで知った気になっちゃうんだなって思って、反省したのよ」
「でもクロエ、本当にいいの? 僕、クロエと毎日一緒にいて、毎日好きって言いたいし、毎日笑顔を見たいんだよ?」
「えっ……なんの話……それは普通の結婚生活では?」
変ね。まるで一般的な話しかしていないように思うんだけど、ルーカスは特別に難しいことのように言う。
「それに、クロエにあんなこともこんなこともお願いしちゃうよ?」
「よくわからないけど……なんでも言ってくれて構わないわ。私にできることならね。とにかく、”電撃一目惚れ計画”の話をしていい?」
「……それが終わらない限り、話はできなさそうだね」
ルーカスがため息をついた。
「なんでも協力するよ、その計画。僕ができることなら」
「なら、一緒に考えてくれる? 私の考えだけじゃ、きっと弱いと思うの。ルーが欠点を見つけて、教えてくれると嬉しいわ」
クロエがホッとして目を輝かせると、ルーカスはうっとりと微笑んで頬杖をついた。
「ならそうしよう、僕の愛しいクロエのためにね。そして大事な友達、マリアンヌ様とベンジーのためになるなら」
「お願いね」
ギャレットがクロエのために、机に向かい合わせに椅子を持ってきた。クロエは座りながら、ルーカスの言葉に耳を傾けた。
「その代わり、計画が終わったら、さっきの話をするからね。時間をくれる?」
「いいけど……必要なこと?」
「当然だよ」
「変なことにこだわるのね。まぁ、……でも、好きとはいえ、なんでもわかるわけじゃないんだし、一緒にいるんだもの、話し合いをしてくれるのは嬉しいわ」
クロエが計画書に目を通しながら言うと、ルーカスが急にがたんと音をさせた。みると、頬杖から顔を落として、机に額をぶつけていた。
「何してるの?」
答えず、ルーカスは立ち上がって席を外した。
「顔を洗ってくる」
「大丈夫?」
「大丈夫。計画書を広げておいて」
ルーカスはバスルームによろよろと歩いて行ってしまった。クロエは途方に暮れて、ギャレットに声をかけた。
「ギャレット、ルーカスはやっぱり疲れてるんじゃないかしら?」
するとギャレットは、にっこりと微笑んだ。
「大丈夫です。いつも通りです」
それはそれで困ったことだわ。
「なんでも完璧だと思ってたけど……頬杖は苦手なのね」
クロエが言うと、ギャレットは残念そうにバスルームに目を向けた。
case14 END
こちらもサイドストーリーなしで、話が続きます。