14-7.思いがけない花嫁候補
とりあえず、殿下の問題から片付けなければ。
翌午前中、クロエは部屋にこもり、じっくり読んで要点をメモにまとめた。
メモを読みながら、何かを忘れているような気がしたが、クロエは気にしないことにした。いちいち気にしていたら、時間がもったいない。舞踏会までに、一つでも案を思いつかなきゃ。
兄のエマヌエル王太子の誕生日に、マルギット姫がベンジャミンと婚約して、友人のリチャード王太子がマリアンヌをみそめるようなこと……あってもおかしくないし、またとない縁談だからこそ、抗いたい。マリアンヌがそういうのなら、協力したい。クロエに協力してくれたように。
そして、その午後、メモを持って図書室へ向かった。
『殿下の目標:電撃一目惚れ。』
『殿下の嫌悪対象:公爵様のお気に入り。その他大勢の推し令嬢。お膳立ての花嫁候補の紹介。』
これは先日、ルーカスから聞いた話。
『殿下の好み:可憐でとにかく可愛らしい方。でも意志の強そうな女性が好き。生意気ならなおよし。愛すべき人物である必要がある。』
これは、目下、ルーカスの姉、アニエスの特徴そのままだ。
『殿下の性格:政治的なことには冷静で慎重。他からの信頼は厚い。なのに、なぜか私的なことには煽りに乗りやすい。それで均衡を保っているのかもしれない。挑発的な会話を楽しむタイプ。ひねくれ者。だが人一倍恋人との甘い生活に憧れている。陛下を尊敬していて、絶対である。』
これは、友人たちの手紙の内容から、まとめ上げた性格だ。
その他、リチャード殿下の趣味や食事の好みまで、一覧に仕立ててある。
クロエはマリアンヌ経由で入手した、今回の舞踏会の顧客リストを広げた。
「……まぁ、ある意味、”お相手探し”パーティーよね……」
クロエが呟くと、後ろで控えていた王宮付きの催事担当長官が、空咳をした。顧客リストを見るときには、必ず立合わねばならないと言われたからだ。マリアンヌはツテを作るのが恐ろしく早かった。
「そのような言い方はお控えください」
「でも、結果的にそうなりますわ。私自身、それについて異論はありません。どの国でも同じことですし。出会いは大切です。王族に身分は保障されているわけですから、とっても安全でいいと思います」
「そういう意味なら……まぁ……」
「それより、長官、可憐で素敵な方っていうと、どの方になりますか?」
「そうですね……十人ほどいらっしゃいます」
「その名前を教えてくださいますか」
「ええ、構いませんよ」
長官はそういうと、スラスラと名を唱え始めた。さすが催事担当、きっと全ての貴族を覚えているのだろう。
「なるほど……」
そして顧客リストをチェックしながら、再度尋ねた。
「その中で、性格がはっきりしていて、意志が強く、素直で優しい方はいらっしゃいますか」
「それでしたら、二、三人といったところでしょうか」
言いながら、彼はまたスラスラと名前を告げる。
名前と生家、特徴などは何となくわかったが、確認している暇がない。当日確認して、出会いを設ける? だがどうやって。リチャードは電撃一目惚れを夢見ているのに。
「一目惚れかぁ……」
クロエが呟くと、長官は訝しげに尋ねてきた。
「ところで先ほどから、何をなさっておられるのですか」
「……これは極秘任務なの。我が国の王太子殿下からの指令だから」
暗にそうしろとされているようなものだ、間違いではない。
長官が少し黙り、嬉しそうに声を上げた。
「それは、花嫁を探しておいでなのですか?」
「えぇっと……どうかしら。それも秘密なのよ」
確かに今のクロエの質問内容なら、完全にそうだ。特に、リチャード王太子は恋人も婚約者もいない。公式な花嫁候補さえ。しかも、そこそこ若く、顔も整っていて、次世代としての政治的手腕も、国際的に評価されつつある。つまり、一番の狙い目ってことだ。
「我が国からハイルズ王国へ嫁げるなんて、素晴らしい名誉なことです」
長官がクロエの話を聞いていなかったかのように、浮かれて話し始めた。
「エマヌエル王太子も、リチャード王太子と仲がよろしいですからね。エマヌエル王太子はもうお相手がおられますが、……国同士の懸け橋になれるならば、素晴らしいことでしょう」
「それなら、今回、そういった目的で来る令嬢もいらっしゃるってことかしら」
「なくはないですね。きっと、多数紹介されることでしょう」
何てことだ。紹介タイムが始まる前に一目惚れをしてもらわないと。むしろ、紹介なんてないほうがいい。あの”お膳立て嫌い”が……しかしそんなことを言えるはずもない。そうなると、どうしてそんなことを知っていると聞かれ、言いたくないことまで言わねばならなくなりそうだ。
どうしよう。このままいったら、陛下がマリアンヌを選んでしまいそう。
幸せになれるだろうけど……
そう、王太子は非常に良い人だ。好みがあるとはいえ、性格が悪いとは聞いたことがないし、理知的でしっかりしていなければ、これほど王太子として期待されることも、家臣から好かれることもないだろう。甘い生活を夢見ているのだから、きっと優しくしてくれる。
でもそれより優先したいことがあっても、いいはずだ。
クロエは改めてメモをぼんやり眺め、首を傾げた。
”可憐でとにかく可愛らしく、意志が強く、ちょっと生意気で、愛すべき人物”。
こんな人、知ってる気がする。
クロエははっと顔を上げた。
あまりに極論で気づかなかった。これ、マルギット姫の事では? そうよ。そうだわ。考えれば考えるほど、彼女がいい。顔も性格も。その上、しっかり姫の手綱を握ってくれそうだ……
「長官殿!」
クロエが長官に振り向くと、彼は少しだけ怯えた顔をした。思いつきにちょっと興奮してしまった。表情が変だったかもしれないわ。
「あの……エマヌエル殿下とリチャード殿下は仲がよろしいようですが、ご兄弟とは面識があられるのですか?」
「あぁ、ございませんね。我が国は近年、現陛下が即位なさるまで、国内情勢が悪く……他国と交流をするどころではありませんでしたので」
「そうですか……」
「はい。ですから、今回の交流は、本当にありがたく思っております」
微笑んだ長官に、クロエも同じように笑顔を返した。なるほど。先入観のない若い世代が視察に向かうのは、互いのためにとても良い。だからこの国が最初の視察先に選ばれたのだ。
「ありがとうございました。こちらの資料、返却いたします」
「……よろしいのですか?」
「えぇ。だいたい、調べ終わりました」
言って、クロエは長官を本とともにすぐに部屋を追い出した。申し訳ないが、時間がないのだ。
クロエはしばらく考え込んで、結果、何通か手紙を出すことにした。相手は、ベルビンとエマのアッカーソン夫妻、ローゼとベルトルドのフィンケ夫妻、そして、ジークリンデ・ボッシュ令嬢。いずれもクロエの人となりを知っていて、それなりの地位の人だ。不快に思わずに返事をくれるといいけれど。
そしてその二日後、クロエは満足のいく結果を得られ、ホクホクしながら作業に取り掛かった。
クロエは手元の用紙に題名を書き出した。
『電撃一目惚れ計画ー姫と王太子の出会いー』