14-4.諦めのいい人の未来
マルギットにピンクのバラを一輪もらい、クロエは元来た道を戻った。
すると、前方のベンチに人影があった。
「ベン……?」
近づくと、それは果たしてベンジャミンだった。今日はよく人に会う日だ。クロエが笑いかけると、ベンジャミンは少しだけ微笑んだ。
「あ……クロエか」
「マリアンヌ様じゃなくて申し訳ないわね。連れてきましょうか?」
「いや……いい」
「座っても?」
「どうぞ」
隣に座っても、ベンジャミンはただぼーっとしていた。大丈夫かしら。
「お出かけお疲れ様」
「あぁ」
「出世のことばかり考えてる?」
クロエが尋ねると、ベンジャミンは首を傾げた。
「何が?」
「ぼんやりしてるわね」
「ま、ね……姫の交友範囲は広くて、あっちこっちとトラブル解決に乗り出すんだ。おかげで君の冤罪事件よりずっと多く、何かを解決した気がするよ」
「よくやるわ」
クロエは先ほどのマルギットを思い出した。優雅でまっすぐなお人柄。策略ありきのベンジャミンには、それこそ癒しになるだろう。
「まぁ、人付き合いの勉強にはなるね。マルギット姫は不思議な方だよ。短慮なようでいて、浅はかじゃない。移り気に見えるけど、そうでもないんだよな……実際、しっかりしてる。街でもトラブルを起こすんじゃなくて、解決してることも分かった。だから、みんなに愛されている。君と同じだな」
「私は愛されてなんていないわよ」
クロエが言うと、ベンジャミンは笑った。
「今にわかるさ」
「何よ。愛されているのはマリアンヌ様よ。素直すぎてお口が滑っちゃうけど、本当に優しくて、立派な志があって、だから、みんな大好きで、人が集まるの」
「……求婚されて、諍いが生まれて、嫉妬されて、王太子の花嫁候補になって?」
「それこそがまさに、トラブルメーカーね」
クロエは笑った。マルギットとマリアンヌはよく似ているのかもしれない。だったら、ベンジャミンがマルギットの相手を抜けられないのも、わかる気がした。
お土産を選んでるのに買って帰ることもできない人なのに。いいえ、むしろ、そうだから?
「ベン、あなた、国に帰れなくなるわよ?」
「それは嫌だな」
「まぁ、姫様を連れて帰るという手はあるけれど」
「うちにそんな余裕はないよ」
「そうね、マリアンヌ様も殿下と結婚するかもしれないけど」
すると、ベンジャミンは嫌そうに眉をしかめた。
「それを俺に言ってどうする?」
クロエはにっこりと微笑んだ。
「私ね、犯罪を未然に防げないかなって思ってるの。ベンがもし、すごく頭が良くて、良すぎて、だからこのまま流されて……でも恋心は消せないままで……そのうち、何年か後に、そのお相手と会うのよ。同じく王族の伴侶としてね。忘れられなくて、でもお相手は幸せそうで、……だから……」
「どうするっていうんだ。そのお相手を殺すとでも?」
「そんな短絡的な人じゃないわ、ベンは」
「……じゃ、なんだっていうんだ」
「方法はいろいろあるわ。弱みを握って脅してみたり、そうやって愛人にしてみたり……」
「そんなことできるわけないだろ。”天使のような令嬢”に」
「その時は令嬢じゃないわ。天使のような王太子妃よ。いいえ、王妃様かもしれないわね?」
「国際問題!」
怒鳴るベンジャミンに、クロエはクスクスと笑った。
「やぁね、そんなことって、いっぱいあるのよ? 国際問題まではいかなくても、貴族たちの間だってたくさんあるの。スキャンダルって怖いでしょ」
「そんなことのないように、理性をしっかり持つようにするよ。どうせ、姫様だって飽きるし、マリアンヌ様にはなんとも思われてないんだから」
ため息をつくベンジャミンをクロエは呆れて見ていた。なんて人なんだろう。こんな時に諦め良くしたって、なんの得もないんだからね。
「ベンはバカね! もうちょっと賢いと思ってたわ」
「なんだよ」
「せっかくあなたのためにお膳立てしたのに、ぶち壊しにしてくれちゃって」
「俺のためじゃないだろ? あんな杜撰な計画……結局流れたけど、マリアンヌ様に迷惑だ」
「あなたのためでもあったわよ。マリアンヌ様と一緒に居られる時間が増えたじゃない。それに、何があっても大丈夫だったわ。私、本国では悪役だったのよ? ちょっとマリアンヌ様をいいなりにさせるくらい、わけないこと、っていう設定のはずよ」
すると、ベンジャミンは呆れた顔で私を見た。
「またルーカスが怒るぞ」
「ルーカスは怒ったことなんてないわ。……多分」
そういえば、悲しんだり面白がったりすることはあるけど、クロエのしたことに怒ったのを見たことがない。どうしてだろう?
「どうしてかしら?」
「ルーカスに聞いてよ……」
「あら、ダメよ。今は聞けないわ」
「なんで? 戻って聞きなよ。きっとすぐ答えてくれる。ルーカスはどんな仕事をしてたってクロエを優先するだろうしね。もしかしたら陛下と謁見中でも、クロエが呼んだら切り上げちゃうかもね」
「よしてよ、そんなこと……」
するかも? クロエは少し怖くなって、思わず押し黙った。ベンジャミンはその様子を見ると、ため息をついた。
「ルーカスが羨ましいよ」
「どうして?」
「どんな風に愛しても、君は嫌がったりしないから」
それはどうだろう? さっきだって、クロエはルーカスから逃げ出したばかりだ。でもなんでだったかしら。
クロエが首をひねると、ベンジャミンは肩をすくめた。
「マリアンヌ様を怖がらせたくないんだ」
「怖がる?」
「君とルーカスとは、俺は幼馴染で、友達だ。今後も関係は続くだろう。マリアンヌ様は君たちのことが好きで仲がいいし、それなら俺とも嫌でも顔をあわせることになる。その時に気まずくなりたくない」
「うん、大丈夫。マリアンヌ様は、そういうのに慣れているから。笑顔で話してくださるわ」
クロエがベンジャミンの肩をたたくと、ベンジャミンはうっとおしそうに手で払った。
「慣れて……そうだろうけど、俺の気持ちはどうなる」
「やぁね、ベン。振られたって、……大丈夫、骨は拾ってあげるから。その上で、マルギット姫と結婚するなら、すっぱり諦められるでしょ?」
クロエは立ち上がりながらベンジャミンに再び微笑んだ。
「鬼か」
ベンジャミンに言われ、クロエは思わず笑った。
「いいえ。悪役令嬢よ」
だから、ちょっと強要するくらい、わけないことだわ。
ベンジャミンにできるかどうかはわからないけど。