14-1.国賓としての立場で
国賓でパーティーに出る……ということはどういうことか……
「僕たち、頑張らなくても認められるんじゃない?」
ルーカスが嬉しそうに言った。
手元には招待状が二つ。シェリング王国の王太子、エマヌエル殿下からのもの、そしてマルギット姫からのもの。メインはエマヌエルの方ではあるが、マルギットの方が距離感が近い招待状なので、格は上だ。
今、クロエたちは、舞踏会のために王宮に泊まっていた。基本的に、招待客は離宮に泊まることになっている。だが、姫の要望で、ただの招待客は泊まることのできない王宮で、一人一部屋与えられることになった。その上、自由に歩きまわれ、食事も姫と同席で同じもの、という特別待遇だ。
ルーカスとベンジャミンは王宮での社交という新しい仕事ができたが、もともとの仕事もこなしており、多忙を極めていた。ベンジャミンはマルギットの相手、そしてルーカスは視察した場所の書類が溜まっていて、さすがに書類仕事はクロエも手伝えなかった。それもようやくめどがついて、忙しい合間に、ルーカスがクロエの部屋を訪ねてきたのだった。
だがこの数日、クロエは全く別のことで忙しかった。ケルベロスフラワーを愛でる以外にやることがなかったせいなのか、マリアンヌとベンジャミンのことばかり考えてしまう。特に、マリアンヌの今後だ。
そして、今、ルーカスが言った言葉で、さらに心配になってきた。
まずくなってきた気がする。マリアンヌの立場が。
姫君に気に入られるなんて、国交するのにすごくいいですよね?
外交の長たるルーカスや将来の妻とも仲がいいし?
どなたとも約束していないし?
陛下のターゲットにされそうすぎる……
「マ……マリアンヌ様……は」
「わからない。庭にでもいるのかな」
「私も……」
慌てて庭に出ようとすると、ルーカスはクロエの腕を掴んだ。
「僕、仕事の合間に来たんだよ? クロエが足りない。もっと一緒にいて」
「でも、マリアンヌ様は一人で」
「僕もその間一人になるんだけど」
「ベンがいる……」
「ベンは姫君とデート」
「う……じゃ、マリアンヌ様を呼んで」
「見せつけるつもり? あんなこともこんなこともしちゃうよ」
「ルーカス!」
クロエが怒鳴ると、ルーカスはつまらなそうにため息をついた。
「クロエはここに来てからベンジーとマリアンヌ様の心配しかしてない。僕はもういいの? ……だよね。これで認められれば安泰だもんね! 何しろ、姫に認められてるんだ。国の代表じゃなく、友人として! だから、殿下のことはもう関係なくなった。だから、僕のことはどうでもいいんだろ」
「そんなこと言ってないわ。ルーのことは大事よ……でも……」
クロエが言葉を濁すと、怒り冷めやらぬルーカスは、重ねるように話を続けた。
「マリアンヌ様はともかく、ベンジーを手伝ってやる必要なんてないと思わない? あいつが頑張るしかないんだから。もともと、結婚に夢だって抱いていなかったし、政略結婚の相手をなかなかシビアに吟味していたやつなんだぞ。マリアンヌ様に気持ちを伝えることすらできないじゃないか」
「だからと言って、マルギット様と結婚したいとベンが考えてるとは、思えないでしょう?」
「でも助けが必要な訳じゃないんだろう。ベンジーはいつも僕を助けてくれた。だから、僕に助けを求めてくるなら、なんだってしてあげるのにさ」
ルーカスは思い出したように顔をしかめた。
「……何かあったの?」
「あいつ、断ったんだ。僕にも君にも迷惑がかかるって。でも、姫の誘いを断るなんて、いつだってどうだってできるだろう。邪魔だってしてやれる。でも邪魔したって、ベンジーは……嫌そうにするから」
気持ちは理解でき、クロエはルーカスの肩に手を置いた。
「あまり重なると、姫が不審に思うからでしょう? あなたのためを思っての事よ。ベンは頼まれなくても手助けしてくれるって言ってたでしょう。それと同じに、自分に利益がなくても、あなたがベンを手助けしたいと思ってることは伝わっているはずよ」
だといいけど、とルーカスはしょんぼりと肩を下げた。
「姫は……ベンジーが好きなのかな。お気に入りではあることは確かだけど、よくわからない。それに、噂よりずっとしっかりしてるんだ。……結構優しくて寛大なところもあるし……すごい人気があるし……頭も良くて、トラブルメーカーとは思えない。おかしいな」
「私と同じなんじゃない?」
「同じって?」
「私、悪役令嬢と言われているのよ。マリアンヌ様をいじめて悲しませる、ひどい令嬢なのよ?」
噂では。すると、ルーカスは初めて気づいたような顔をした。
「……こういうことなのか。僕は信じてしまっていた。マルギット姫は何も言わないけれど……」
「”トラブルメーカー”の方が、動きやすいからかもしれないわ。きっとお考えがあるのよ」
クロエが頷くと、ルーカスは納得がいったように頷いた。
「となると、言うこと聞いてくれる男の方がいいのかな? ベンジーはしっかり話を聞いてくれるし……クロエもベンジーの方が好きだろう?」
今の話、聞いてた? ルーカスは時々、話が飛躍する。特にベンジャミンに対してはかなりコンプレックスがあるらしい。いつも助けてくれた幼馴染には頭が上がらないのかも。だからと思って手助けしたいのに、拒否されれば、確かに拗ねたくなる。
クロエは息をついた。
「好きではないし、ベンが言うこと聞いてくれたことなんてないけど?」
「そうだよ……あいつは何も言わなくても、頼まなくても、それ以上のことをやってくれるんだよ。君のお土産の花だって、僕への助言だって……いつもして欲しい時に。でも僕は……こうしてベンジーが困っていても、何もできない。その上、仕事仕事で、考える暇もないんだ」
しょんぼりとルーカスは肩を落とした。横顔がひどく疲れている。そしてクロエに手を伸ばした。
「クロエ……慰めてくれる? ベッドでさ、昔みたいに、ギュって抱きしめて?」