13-7.トラブルメーカー
トラブルメーカーとは。
クロエは意味がわからず首を傾げたが、ルーカスは言葉を選んでいるようで、何も言わなかった。
「姫様……でしたか」
彼女が名乗ると、ベンジャミンは跪いて頭を下げ、クロエたちも慌ててそれに倣った。
頭を下げながら、クロエはちらりとベンジャミンを見た。
ベンジャミンの頭の中が見える気がする。姫を助けたとあれば、隣国の評判が良くなり、本国で出世もしやすくなり、支持を得ることでマリアンヌと見合う評判が得られる。
これまでのベンジャミンは、気安くて誰とでも知り合える堅実で安泰な人物ではあったが、天使のような妻を娶るほど、浮かれた男とは見られていなかった。どちらかといえば暗躍が合っているし、地味な妻がお似合いだと本人も思っていたはず。
マリアンヌは見るからに優しく地位の高い人がお似合いだった。だが、ベンジャミンを選んだとすれば、ルーカスを使ったのか、政治に興味があったかと、今までのイメージとあまりに違う印象になり、穿った目で見られるだろう。
お互いの評判を落とすだけ。
でも、それでも、二人は惹かれ合っていると思うし、クロエは応援したい。
「それにしても、護衛騎士が……姫様に手を上げるとは」
ベンジャミンがにらみ、その妖精騎士の出で立ちから、かなりの迫力で、護衛騎士は地面に頭がのめり込むほど頭を下げた。
「違います! 手をあげるつもりはありませんでした! 本当です!」
「だが」
「大きな蜂がやってきたので……姫様が刺されることのないよう、急いでしまって……」
「もういいわ。みんな、頭を上げて。こういうの、固苦しくってたまらないの」
そうして頭を上げて姫を見れば、とんでもないくらいに可憐で可愛らしかった。ツヤツヤの肌に潤んだ大きな瞳、ふわりと広がる長い金髪に華奢な体、妖精姿の似合うこと。
「わたくしは気にしておりません、グスタフ。さ、パレードに行きましょう」
にっこりと微笑むマルギットは妖精の姫としか言いようがない。彼女の戯れに付き合うのはきっと楽しいことだろう。多少のトラブルでもどんとこいだ。
「よろしいかしら?」
「姫様がお気になさらないのであれば、私たちが口出すことではありません」
ベンジャミンが丁寧に頭を下げた。マルギットは当然だと言いたげに頷くと、グスタフに手をばした。だが、グスタフはその手を取らなかった。
「……本当に出席なさるのですか」
グスタフは本当に困った顔でマルギットを見ていた。どうも、どんとこいとはあまり思えないらしい。
「だって……、言ったでしょう、私たち、恋人同士よ。身分だって申し分ないのに、お父様は結婚を許してくださらないんだもの」
「ですが、認められておりませんし、何より、恋人同士らしいこともしておりませんよ?」
「それは、グスタフがしてくださらないから……ではなくて、結婚してからでもできるでしょう。だから、早く結婚したいの」
「姫様……ですが、姫様のようなお方が参加なさるのは、良いこととは思えません」
グスタフの言うことは一理あるが、マルギットの言うこともわからないでもない。
「グスタフ……?」
ベンジャミンがつぶやいた。
「グスタフ・フンク? 君は……妻帯者ではなかったか?」
その場の全員が動きを止めた。ベンジャミンが続きをつぶやく。
「あまりに姫のお気に入りすぎて、陛下にそれを告げることを止められ、限界まで付き合うように説得され……妻と別れるように言われている、それが……君か?」
クロエはベンジャミンの頭を殴りに行きたかった。よくわからないことを口にするなんてらしくない。でも眼鏡がないことを考えると、イレギュラーなことをしてしまうのもわかる気がした。それだけベンジャミンは混乱しているのだ。