13-6.人助けのつもり
そこで、クロエはここへ来た目的を思い出した。
「あぁ、……そうね。ルーカスのことはきっとみんな知ってるから、……婚約したことも知ってるだろうし、そうしたら私が相手だってわかるし、すぐ噂になるわね。マリアンヌ様も……不思議な妖精騎士と話題になるわ」
クロエは気を取り直してマリアンヌに微笑んだ。マリアンヌはベンジャミンに手を引いてもらいーー実際はマリアンヌが手を引いていたのだけれどーー、嬉しそうだ。この可愛らしい顔がベンジャミンにもくっきりと見えたらよかったのに。
「だいたい、もう時間だぞ」
「そうなの?」
「ええ、そうなんです。あちらの方に集まるみたいです」
「ありがとう。行きましょ、ルーカス」
クロエがルーカスに腕を絡めると、なぜかルーカスは不意をつかれたようにクロエを見た。
「ダメだった?」
歩きながら手を離そうとしたが、ルーカスは逆にその手を自分に引き寄せた。
「違う。嬉しいだけ」
そしてずんずんと静かな木陰を歩いていく。時折、ルーカスが振り向いては、クロエに甘く微笑む。振り回されてばっかり。身がもたないわ。クロエは慌てて視線を泳がせると、進む木陰に抱き合う二人の人影が見えた。
邪魔しちゃいけないわね。クロエが思わず方向を変えようと足を止めると、ルーカスも不思議そうに歩みを止めた。
「どうした?」
「人が……」
クロエが言った時、人影が動き、女性がその場に引き倒されたのが見えた。
「まぁ」
そして、引き倒した側、男性が、手を振り上げた。
女性を殴るなんて!
クロエは考えるより体が動いた。手を上げている男性に向かって走っていくと、思い切り体当たりをした。
「うわ!」
叫んで倒れた男性に、蹴りを食らわせようとして、ぐいと引っ張られた。
「クロエ! それ以上はやりすぎ!」
そうして、ふわりと体ごと抱きかかえられ、クロエは慌ててルーカスにつかまった。振り返ると、ベンジャミンがその男を立たせていた。ベンジャミンが謝っている節もある。
そんな丁寧にする必要ないのに、とクロエは憤慨したが、どうも様子がおかしい。
よく見ると、男は青ざめた顔で、手を上げたことすらショックな様子だった。
「……やりすぎ?」
ルーカスは頷いたが、頬を緩ませていた。
「何?」
「そういうとこも好き」
「な!」
何を突然。クロエが思わず手を離すと、ルーカスは予測していたように、クロエを抱きかかえ直すとゆっくりと下ろした。どうも最近、手玉に取られている気がする。
「大丈夫ですか、お嬢さん」
ベンジャミンの声に振り向くと、ベンジャミンは殴られそうになっていた女性に手を差し出していた。
「……えぇ、ありがとうございます、素敵なお方」
そこで、クロエは、あ、と叫びそうになった。
ベンジャミンは、いつものお堅い保守的な雰囲気ではない。今日は特別な衣装で、ベンジャミンの格好はまるで妖精騎士みたいなのだった。そして目がよく見えないから、相手の顔も見えなくて、自分の状況がわかってない。目の前の女性が目をハート型にしているとか、マリアンヌが曖昧な笑顔をしているとか。ルーカスが自分じゃなくてよかったという顔をしているとか……
「どうしたの、ルー」
「まずいな」
「何が」
「彼女は……そうか、君は知らないか」
「知ってるの?」
クロエが首をかしげると、ルーカスは複雑そうな顔で彼女たちを見た。
「私、彼との結婚を親に反対されておりましたの。それで、駆け落ち……のような、ここで結婚式をしてしまって、認めてもらおうと思ったんですけど」
「へぇ。どこにでも同じようなことを考える人がいるんですね」
ベンジャミンがクロエを揶揄しながら、儀礼的に笑顔を向ける。それでも感じよく見えるのだから、メイクというか衣装ってすごい効果があるんだわ。クロエは感心してその様子を見ていた。
彼女は可憐に頷いた。
「そうなんですの。このイベントは、時折、そういう方が来ると聞いて……楽しみにしていたんです」
「あの方は?」
「私の護衛騎士なのですわ」
「……護衛騎士?」
ベンジャミンが眉をひそめた。彼女の顔を見るため、少し顔を近づける。その様子に、彼女はまた少し頬を赤く染めた。
護衛騎士がいるなんて、かなり身分の高い人?
クロエがルーカスの顔を見ると、ルーカスはクロエの耳元でこそりと囁いた。
「彼女はこの国の姫君、トラブルメーカーのマルギット・フォン・シェリング姫だ」