side story12 彼はお茶を淹れに来ただけで見に来たわけではない ーギャレットの愚問ー
ルーカスの従者、ギャレット視点のサイドストーリーです。
12−10の直後の話になります。
従者であるギャレットは、お茶を手に温室へ足を踏み入れた時、思わず頬を緩めた。
若旦那様のルーカス・モファットと、その婚約者様、クロエ・ソーンダイクが仲良くティーテーブルに座っていたのだった。
最近は特に仲が良く、いっつもくっついていて、イチャイチャしている。それが本当に幸せそうで、見ているこっちもほっこりしてくる。それはこの家の使用人、みんなの認識で、クロエには大きな感謝をしていた。
一時はどうなることかと思ったが、やっぱりまた仲良くなって……むしろ以前よりずっと親密な雰囲気を作っている。正直、お茶をお出しするのも憚られるくらい。
だが、ひとまず今日は、机に向かって、何やら真面目に書き物をしていた。
ギャレットがタイミングを計りながらお茶の用意をしていると、ルーカスの声が響いた。
「……このリース伯爵令嬢は……僕と君がキスした回数や、どんな風に睦言を話すのかを聞きたがってるけど……」
「へ?」
「クロエは正直に答えるの?」
ギャレットは一瞬手を止めそうになり、慌てて動きを取り戻した。
まさか、二人で手紙の返事を書いているとは。内容に齟齬を作らないためか? 仲良きことは、美しき……
「えぇ? まだキスなんてしてないし、この話は秘密だし、それ以外は植物の話しかしてないから……正直に書いたら幻滅させちゃうわね。適当に返事するわ。ルーカスが言いそうなことっぽい……なんか……そうね……えぇっと……、……マリアンヌ様に聞いてみる」
放棄しないでください、クロエ様……ギャレットは恐る恐るルーカスを見た。
クロエの答えに、案の定、ルーカスは不機嫌に口を尖らせていた。
確かに、誓いのキスをする唇には、まだ二人はしていないようだった。だが、頬や額にと、他のところにはかなりしているようだし、それも甘ったるい愛情いっぱいのキスだ。していないなんて、言われるのはショックだろう。
だが、会話は……確かに……愛してると言い合うような雰囲気に、ルーカスが持ち込めた試しがない。ギャレットはそれを認めた。
クロエはどんな返事を書くのだろう?
ギャレットが興味を示した時だった。
「それじゃ、愛してるって毎朝毎晩、言われてるって書いて」
ルーカスがとんでも発言をした。クロエが不思議そうに顔を上げてルーカスを見た。
「言われてないけど」
「あと、なんでも言うこと聞いてくれてすごく優しいって書いて」
「こないだフラワーフェスティバルいくの、あんなに渋ったのに?」
「それと、毎日一緒にいるのが幸せでたまらない、早く正式に結婚したいって書いてよ」
思わず、といった様子でクロエが黙ると、ルーカスはぐっと言葉を詰まらせた。ルーカスはクロエの真っ直ぐな視線に弱い。透き通るようなアイスブルーの瞳に惹きつけられっぱなしだ。
ルーカスがガタンを椅子を引いて、声を上げた。
「そう、そうだよ。これは僕が思ってることだけどね? 別にクロエが思わなくたってなんとも思ってないよ?」
「何も言ってないじゃない」
「毎朝毎晩、会うたびに離れるたびに愛してるって思うし! クロエの笑顔のためならなんだってしたいって思うし!」
まったく。
人嫌いで、誰よりもしっかりしていて、穏やかな笑みを絶やさず、声を荒げることもなく、完璧でお優しい、ウェントワースのご子息が。
こんなに表情豊かでわがままで、すぐに怒ってそっぽを向くなんて、誰が信じるだろう?
「……そばにいるだけで幸せなんだよ、クロエ」
そうして、すぐに甘えてしまう。そして彼女を甘やかして、決して手放しはしないんだろう。ギャレットから見れば、ルーカスはそうした男だった。
だが、クロエはどうだろう?
ルーカスの扱いを、おそらく一番よく知っているであろう、クロエは?
「ルー……手伝う気がないなら、部屋に戻ってくれる?」
ため息交じりのクロエの声は、ギャレットの耳には重々しく聞こえた。
追い払うおつもりですか?! 婚約者を? 恋人を? いったいどんなお返事を書いてらっしゃるのですか?! 問いたい気持ちを抑え、ギャレットは努めて平静を装ってちらりと見た。
でもその顔を見れば、ひどく優しくて、クロエがルーカスを大好きだと、見てる方には充分に伝わる様子なのだった。
次は13です。