12-10.傾向と対策
そこでクロエは、自分が手にしていた手紙を思い出した。
「あ、そうだ」
「何?」
「手紙が来たんだったわ」
クロエがかざすと、ルーカスは気をとりなおすように、そちらに目を向けた。
「誰から?」
「サラ様にケイト様、ローリエ様……あと五人ほどよ」
「今、必要なこと?」
首を傾げたルーカスに、クロエは満面の笑顔で頷いた。
「ええ! 王太子殿下のことだけど、最近の動向よりもね、過去のことから何かわかるんじゃないかと思って」
「何が?」
「殿下のお好みの方よ。性格も含めて、何かがネックになって、殿下は一歩を踏み出せないか、興味がないんだと思うの。でも、あの国王夫妻だし、また何があるかわからないから、私たちで見つけるしかないと思うの」
「……僕たちで見つける?」
「そう。最近の情報じゃ、何も思いつかなかったから、どうにもならないかも、と思ったけど……視点を変えて、殿下の幼少の頃から五年くらい前までの中で、何でもいいから話を集めてもらうようにお願いしたの。一応、異国の地で殿下の話をせがまれた、って設定にしたわ。そしたら、いろいろな話をいただいたから……殿下の性格がわかりそう。これでもしかしたら、好みのお相手を分析できるかもしれない。そうしたら、探して、……殿下の好みのシチュエーションでお会いすることができる……といいなと、思って」
勢い込んで言うクロエを、ルーカスは少し嘲るように鼻で笑った。
「王太子殿下と、そんなに結婚したくないんだ? 将来は王妃になるという責任がイヤ? それとも、単純に気にくわないの? だから僕と結婚するんだろ?」
「何言ってるの? あなたと結婚するからよ。確かに、殿下とは結婚したくないのはそれ以前の問題だけど……あなたと結婚しないなら、プラントハンターになるために出帆するまでよ。あなたが私と結婚したくなければこんなことしないけど?」
「したいよ、僕だって。でも……あんな簡単に、殿下と結婚しておけばいいかなんて言うからさ。自信をなくすじゃないか」
ルーカスが口をとがらせ、クロエは急に申し訳なくなった。
あんな話をすべきではなかったし、その前の話を聞かれなくてよかったなんて、思ってはいけなかったのかも。むしろ、聞いて貰えばよかったのかしら。きっとクロエからは、ルーカスには一生言えないような気持ちなのだから。
「どうせだったら、その前の話も聞いていたらよかったのよ。私があなたの執事に侯爵夫人になれるかどうか聞いた話とか、マリアンヌ様の恋話とか、いろいろあったのに」
「ふーん。その話、もう一度してくれるの?」
「しません。私はこの手紙をまとめて、王太子殿下の性格分析をするんです」
クロエが気持ちを切り替えて言うと、ルーカスはため息をついた。
「僕は君の話を盗み聞きして落ち込んで、君は対策をしっかり考えて……僕、情けなくない?」
「それはその……私が悪かったわ。情けないなんて、思ってないわよ」
クロエは逆のことを考えて、大いに反省した。ルーカスが『クロエにプロポーズしなければよかった』と言っていたら、何も頭に入ってこなかったに違いない。
「本当に?」
「えぇ。あなたはとっても素敵よ。だから質問していい? ルーカスは、殿下について、何かご存知?」
ティーテーブルに座りながらクロエが言うと、ルーカスは頭を横に振った。
「いや……知らないけど」
「なら、私が整理し終わるまで、待ってくれる?」
「何を?」
何だろう。クロエは首をひねった。自分でもわからない。でも、ルーカスには待っていてほしい。クロエの準備ができるまで。
「えぇと……お茶をご一緒するのを……」
クロエがしどろもどろに言うと、ルーカスは少し躊躇いながら、クロエの顔を覗き込んだ。
「……そばにいてもいい?」
「いいけど……静かにしててよ?」
「うん。黙ってる。手伝えることがあったら、言って」
言うと、ルーカスはティーテーブルに座ったクロエのごく近くに椅子を並べ、ぎゅうと体を寄せてきた。
「……近くない?」
「”熱々のカップルは、隣同士に座って、手を握ったり見つめあったり、キスをし合うもの”って、言ってなかったっけ」
「そうだったかしら?」
「だから、そのようにするまでだよ」
言いながらルーカスは、クロエの腰に手を回し、クロエの肩に自分の顎を乗せ、クロエの手元をじっと眺めた。ひどく窮屈だった。
「やりにくいんですけど」
「僕も……目のやり場に困る」
言われた瞬間、クロエは思い切り立ち上がった。ルーカスが顎を打って、痛そうに座り込む。
何よ! こんなことなら、首まで覆ってあるドレスにすれば良かったわ! 今日に限って胸元の開いた服だなんて。何て恥ずかしいの!
「それなら……あなたも手伝ってください。この手紙を持って! 必要な部分をメモって! 一覧にしてください!」
耳まで真っ赤になったクロエの声が、温室に響き渡った。
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