12-9.新たな情報
三日後、クロエはまた、サラとは違った本国の令嬢から、手紙をもらっていた。
クロエはサラからもらった手紙の内容をルーカスたちに話した後、折り返し、できるだけ王太子殿下の情報を得ようと手紙を送ったのだった。なるべく早くと急かしてみたら、その返事が三日後に来るとは。なんとありがたい。
クロエがスキップをしながら温室へ向かうと、そのティーテーブルには先客がいた。
「ルーカス……」
こんなところで何してるの? と聞くより前に、ルーカスは立ち上がってクロエに向かってくると、ギュッと抱きしめた。
「どうしたの?」
「クロエはわがままなんて言ってないよ。わがままなのは僕だ」
「……はい?」
「僕は自分勝手にクロエを振り回したし、ずっと好きなだけだし、手放したくないだけだし……助けたんじゃなくて……僕がクロエに感謝されたかっただけなんだ。傲慢にも、気づいたときには感謝しろって、強要してた。騎士のように颯爽と助けたかったけど、そうもいかなかったね」
自嘲気味にルーカスが笑った。柔らかな息が耳にかかって、クロエは悶絶しそうになった。このままじゃ死ぬ。ときめいて死ぬ。
「し……仕事は終わったの?」
苦し紛れにクロエが尋ねると、ルーカスは小さく頷いた。
「うん。終わった」
「ベンは?」
「教授に呼ばれて出かけて行った。こないだ、マリアンヌ様がいるって口を滑らしたらしくて、連れてこいって言われたらしい」
「じゃ、マリアンヌ様もいないのね」
「うん」
そう頷いたきり、ルーカスは動かなかった。クロエは身動きも取れないまま、平常心を取り戻そうと深呼吸をした。
「……暇なの?」
「あの……今の僕の話、聞いてた?」
ルーカスの顔が近い。心なしか怒っているようにも見える。と同時に、泣いているような甘えているような、説明しがたい表情で、クロエの心はどうにも冷静になれなかった。
思い切り抱きしめて、『お願いだから私の一番好きな、あなたの笑顔を見せて?』と言ってしまいそう。でもそんなことしたら、もっと怒りそうだ。
クロエは途方にくれてしまった。
どうしよう。あの気が弱りきった話、やっぱり聞いてたんだ。どっから聞いてたんだろ……あの会話を聞かれてたら恥ずかしすぎる。
「聞いてた……けど……どこから聞いてたの?」
「それ、今の僕のセリフなんだけど」
「すぐに声をかけてくれればよかったのに」
そうやって言えば、ルーカスはクロエの話に乗ってくれた。
「だって声をかけようとしたら、殿下と結婚しようかなんて言ってるから」
「まぁ」
あのところから? クロエは必死に会話を思い出した。あれかぁ……
「マリアンヌ様の方が僕の気持ちをよく分かってらしたよ、本当に! 離れようとしたから追いかけたんじゃない。僕がクロエを追いすぎたんだ。小さい頃からずっと、僕にはクロエだけだよ?」
ルーカスの話しっぷりからして、つまり、その前に話していたはずの、クロエが『ルーカスのいろんな表情を私以外に見せたくなかった』とか『自分以外に甘えて欲しくなかった』とか、ルーカスは聞いていないようだ。少しホッとしながらクロエは澄まして言った。
「盗み聞きするなんて、よくないわよ」
「き……聞こえてしまったんだからしょうがないだろう。あんなところで話すのがいけないんだ」
確かに。でもあの時は、クロエはマリアンヌが心配だったのだ。自分が殿下と結婚しておけば、マリアンヌは好きな相手と結婚できるかもしれない。あの天使のような令嬢は、憧れの令嬢は、最愛を手に入れるのにふさわしい。政略結婚なんて、悪役令嬢の自分で充分だ。
「マリアンヌ様のことが心配だったの」
「え?」
「だって、マリアンヌ様は私の憧れで、政略結婚なんて、して欲しくないんだもの」
「……だから、王太子殿下と自分が結婚すればいい、なんて?」
ルーカスの目が不意に甘くなり、クロエの唇をするりと指で撫でた。
「君は本当に……人のことばっかり」
「だって……彼女こそ本当に愛する人と幸せになるのにふさわしいのよ」
「君はふさわしくないっていうの? 僕のことは?」
「私……だってマリアンヌ様は、いつも私に優しくしてくださったから。ルーカスなんていなくたって、……マリアンヌ様がいてくれればいいの」
「ライバルなんじゃなかったの?」
「私はマリアンヌ様とルーカスが、二人でいるところが好きだったんですっ」
「どうして」
「だって二人とも大好きだから」
クロエの言葉にルーカスがぽかんとし、力が抜けたように腕の力が弱まった。そして額をクロエの肩にのせた。
「どのくらい? ……僕の百分の一くらい?」
「何て?」
くぐもったルーカスの声はよく聞こえず、クロエは首を傾げた。