12-6.漏らした本音
クロエはあえて誰とは聞かなかった。聞く必要もなかったし、マリアンヌがまだ自信がなさそうだったからだ。
「そんな……でも……だったらいいなって、思うくらいで……」
マリアンヌが寂しそうに微笑んだ。
「頑張ったって……私なんて……」
マリアンヌがそんな風に思うなんて。一体、ベンジャミンはどれだけ甘い雰囲気をぶち壊してきたのだろう。惹かれてるって言ったくせに、とんだヘタレね。
クロエはマリアンヌが羨ましかった。悪役令嬢と言われている自分に、偏見なくいつも優しくしてくれて、可愛くていつも笑顔で、明るくて。そんな人が、ルーカスにはふさわしいと思ってたから。
「……恥ずかしいことを言ってもいいかしら」
「えぇ、何なりと。恥ずかしいことなんてありませんわ」
「ううん。あるの」
すると、マリアンヌは顔を上げ、微笑みながら相槌を打ってくれた。
「私ね、本当は……頑張るのが怖いの。プラントハンターを諦めてから、特にそれが酷いわ。五年前もそうだった。だからルーカスから離れたのよ。ルーカスにふさわしくなるためにどうしたらいいかわからなくて、ルーカスにがっかりされたくなかったの。でも、私にとって……ルーカスはいつも優しくて、可愛くて、甘えん坊で、それを見せてくれるのは私にだけで……」
クロエは昔のことをぼんやりと思い出していた。
十歳のルーカスとベンジャミン、そして八歳の自分。賢くて面白い、自慢の幼馴染。二人は令嬢らしくない趣味を持つクロエを、それでいいんだと受け入れてくれた。とびきり綺麗で完璧だったルーカスはクロエに甘えてくれて、出世主義のベンジャミンは出世に関係ないそれを許してくれたのだ。
「……私以外に誰にも見せたくなかったの。私以外に甘えたりしないで欲しかった。でもそんなの無理だもの。だから、それが怖くて距離を置いたのよ。恥ずかしい理由でしょう?」
「そんなことないです。聞いたらきっと、ルーカス様もお喜びになられますわね」
「……ありがとう」
「本当ですのよ?! もう本当に、そんなに可愛いことをおっしゃって、クロエ様もルーカス様が大好きなのがよくわかりますわ。私、とっても嬉しいです! もうこれで安心ですわね。お二人には時間と心があります。信頼し合ってきたお時間と心の距離が。それは誰にも侵し難いものです。それがお二人をつないでいるのですから、クロエ様がご心配なさるようなことは、ありませんわ」
マリアンヌの言い分に、クロエは少し笑ってしまった。
「大袈裟ね」
「本当なんですもの」
「でもね、マリアンヌ様。私がわがままを言ってるだけな気がするの。私、このまま、おとなしく殿下と結婚した方がいいのかしら。王太子殿下と結婚したくないなんて、令嬢として、ふさわしい考えではないのかも」
「まさか!」
「よく思うのよ。ルーカスは昔から、令嬢が自分を好きになることが圧倒的に多かったから、寄ってはくるけど、ルーカスが縁を持ちたいと思っていれば、離れていくことはなかったと思うのよ。だから、離れようとする私が珍しかっただけなんじゃないかと。だからあの時、逃げないで……ルーカスと仲良くしていれば、私のことを気にしなくなっていられたかしら? 私を助けようなんて思わず、私にプロポーズなんてしなかったのかしら? こんな風に迷惑かけずに済んだのかしらって……」
「まぁ、クロエ様ったら。なんて勘違いをしてらっしゃるの。いつだってルーカス様はクロエ様を一途に思ってらっしゃるのに。それとも、私の言葉では信じきれないでしょうか」
しょんぼりとしたマリアンヌを見て、クロエはハッとした。あの時、十歳のルーカスも言ってたではないか。”僕にはずっとクロエだけ”。記憶の混乱が招いたものだとしても、でもそれは、嘘ではなかった。
「ありがとう、マリアンヌ様。ダメね、私ったら。もっと信じないと。じっとしてると悪いことばかり考えちゃう。ねぇ、マリアンヌ様は何のお花が好きですか? やはり、ピンクマリアンヌ?」
「え? そうですね、あのケルベロスフラワーは意外と好きでした。三つの花、それぞれに表情があって、まるで個性があるように感じますの」
明るいマリアンヌの声に、クロエはちょっと元気になった。
そうだ。ケルベロスフラワーの何が悪いんだ。ベンジャミンよりクロエの花を気に入って何がいけないんだ。
「……そうよね! ベンったら、ひどいのよ、変な花だっていうの。マリアンヌ様が自分よりケルベロスフラワーを褒めるから気に入らないんですって」
「まぁ。べ……ベンジャミン様は褒められるのは苦手とおっしゃてたから……」
「マリアンヌ様は特別よ」
クロエが言った時、ふとドアの向こうでベンジャミンの声が響いた。
「なんだ、ルーカス。何してんだ、そんなところで突っ立って。誰もいないのか?」