12-3.二人の窮地
夕食後、クロエは小さめのサロンのソファに座って、食後のひと時を満喫していた。まだルーカスとベンジャミンは来ておらず、マリアンヌが隣に座って、ぼんやりしているだけだった。
「困ったことになりましたわね……」
クロエが座ると、マリアンヌが途方にくれたように頬杖をついた。クロエは同意するようにため息をついた。
「でも、どうせ、いつかはあることだったし……ある程度は想定内なのよ。帰国したら王宮には行かなきゃならないんだもの。その時に証明できればと思ってただけで……ううん、こんなに早いとは思わなかったわ。この国の王子が誕生日なんて、聞いてない」
「そうですわね。私も呼ばれているのでしょうか。招待状が家の方に来てしまうかもしれません」
「そうね……もうご両親は招待状を読んでいて、あなたに出席の手紙を出しているかもしれないわね。なんにせよ、ここにいる以上、行くことになるわ。お呼びしなかったらとっくに自宅へ戻ってるでしょう。そうしたら断ることもできたのに、ごめんなさい」
クロエが頭を下げると、マリアンヌは慌ててそれを遮った。
「謝らないでください。クロエ様の一大事だったんですもの、来て当然ですわ」
「でも……私が熱を出さなければ……」
「もうお気になさらないでください! ね、それより一足先に教えてください。クロエ様のお考えって、何でしょう?」
マリアンヌが励ますような笑顔で言った。情けないわ。年下の令嬢に元気付けられるなんて。
「うーん……ちょっとね。前に提案したことがあるの。結婚式だけしちゃおうかって」
クロエが言うと、マリアンヌは目をパチクリとさせた。
「式だけ? こちらで?」
「そう。場所借りて、どうにか式だけしちゃう、みたいな。こちらの国はロマンチックな結婚式が流行ってるみたいだから、それを体験したくて、とか何とか言って、式をしちゃうの。それを、帰国した足で謁見した時に、陛下に認めてもらうの」
「そんなこと……できるのですか?」
「やってみる価値はあるわ。だいたい、そこまでする令嬢を、婚約解消させて王太子殿下と結婚させる? 引き裂かれる悲劇……世論が黙ってないわよ」
マリアンヌは感心したようになるほどとため息をついた。だが、不安そうにうつむいた。
「でも……」
「そうなの。みんな、王太子殿下には配慮なさって、ご本人が決めるように自然になさっているけど……陛下が決めてしまえば、無理に結婚させられちゃうのよ。それはあなたの方が危ないのよね……」
「私……ですか」
「そう。だから、提案があるの。あなたが嫌がらないといいけど……」
「何でしょう?」
「あのね、私と一緒に、結婚式の真似事をしてみない?」
クロエの言葉に、マリアンヌは驚いたものの、嫌悪の表情は見せなかった。クロエはホッとして、先を続けた。
「私は一応、ルーカスと陛下の約束がある。それを知ってることを知られないで、あとは、王太子殿下に目をつけられなければ大丈夫だと思うの。でもあなたはまだそうじゃないから、……結婚式だけしてみちゃうのは、マリアンヌ様にこそ必要なんじゃないかしら? 評判は一時的に悪くなるけれど、マリアンヌ様なら、きっと大丈夫よ。困ったら、私のせいにすればいいんだし」
それがクロエの結論だ。最初に”模擬結婚式”を思いついた時は、自分のためだけだったけれど、冷静に考えると、クロエがダメだった時、候補はマリアンヌだったはずで、陛下からすれば、すべからく全員の令嬢が、殿下の花嫁候補だ。
荒療治で、評判が一時的に落ちる可能性はあるが、彼女なら乗り越えられるだろう。それに、悪役令嬢のクロエが一緒なのだ。クロエの意地悪だとしてしまえば、同情票は出て来るにしろ、マリアンヌを非難する人はいなくなるはず。
「まぁ」
「それでね、調べてたのよ。そしたら、こないだちょっと気になったお祭りがあって。フラワーフェスティバル、別名、妖精祭りっていうの」
クロエは、メイドに頼んでもらってきてもらった、フェスティバルの案内用紙をマリアンヌに渡した。色とりどりで、花と妖精の絵が描かれている。マリアンヌはすぐに目を輝かせて、その用紙に見入った。
「そうなんですのね! こんな素敵なお祭りが」
「お相手は、今いるのはベンしかいないからベンでいいかしら。でも、ベンをどうやって引っ張り出せるかなぁ……私とルーカスだけがやるのだって、もちろん意味はあるけど……マリアンヌ様の危機は消えないし……マリアンヌ様に関して言えば、ベンである必要はないけど、今はベンに頼むのが自然だから、それでいいかしら? 別にキスしたりするわけじゃないし、ベンだってことがわからなくていいの。マリアンヌ様に、恋人がいるかもってことが必要なのよ。清廉潔白な天使のような令嬢に恋人がいたら、それだけで話題だし、候補から消えるかもしれないでしょう」
「クロエ様はルーカス様と噂があっても、消えなかったじゃないですか」
マリアンヌはしょんぼりと小さな声で言った。クロエはマリアンヌの手を握り、励ますように優しく肩を叩いた。